インタビュー内容

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第63回 2017年10月24日
プロダクション人力舎所属 お笑い芸人 森本 晋太郎

森本晋太郎
プロフィール
1990年生まれ。幼稚園から高校までSt.Mary’s International School で過ごす。2008年国際基督教大学教養学部アーツサイエンス学科入学。2012年国際基督教大学卒業後1年間の養成機関を経て菅原好謙、桜田佑と共に、トリオ「トンツカタン」としてプロダクション人力舎に所属。「お笑いハーベスト大賞2016」優勝。TOEFL IBT108点。
帰国子女という設定でネタをやったところ、英語の発音にあまりにもリアリティがあったみたいで鵜呑みにされてしまいました。
渡辺
森本さんのトリオ、トンツカタンは「お笑いハーベスト2016」で優勝されました。遅ればせながら、おめでとうございます!どんどんお忙しくなるでしょうから、インタビューにお時間を割いていただけるのは今が最後のチャンスかもしれないと思いまして。
森本
いえいえ、そんなことないですよ(笑)
渡辺
お笑いは、いつ頃から目指されたのですか?
森本
中学時代にお笑い芸人の方が出るラジオを聴いておもしろいなと思ったのがきっかけで、だいたいその頃からですかね。
渡辺
でも、高校はSt.Mary’s International Schoolですよね?中学校も?
森本
小学校も中学校も同じインターナショナルスクールです。
渡辺
学校での日常会話は英語ですか?
森本
英語でした。授業も英語で受けるという感じだったので。
渡辺
そうすると、おうちに帰ってからお笑いのテレビ番組を観たりとかして?
森本
そうです。だから、学校のユーモアと自分の好きなユーモアが全然合わないという苦しさがありました。いわゆる、アメリカンジョークみたいなのがちょっと合わなかったんです。だけど、徐々に自分と似た感覚の連中が集まって、グループができていって。その仲間と「テレビ観た?」というような感じで、日本的なお笑いの話をするのがすごく楽しくなりましたね。
渡辺
1990年生まれですよね。森本さんの世代だと、どんな番組がお好きでしたか?
森本
僕らの年代だと「レッドカーペット」「エンタの神様」あたりです。あと「爆笑オンエアバトル」や「M-1グランプリ」とか。そういう番組が出始めて、「芸人さんてかっこいいんだ」との印象がバーッと出てきた年代かもしれません。
渡辺
あぁ、あの頃は本当に盛り上がってましたよね。でも、なぜインターナショナルスクールに入られたのでしょう?お父様やお母様のご判断だったのですか?
森本
そうですね。幼稚園からインターナショナルスクールに入っていたのですが、両親はお試しで入れてみようという気持ちだったようです。
渡辺
ご兄弟は?
森本
妹がいます。
渡辺
じゃあ、ご長男として生まれて普通の公立学校に行くというのではなく…
森本
そうですね。両親には、今後英語が必要な社会になってくるだろうという考えがあったようです。幼稚園を卒業するとき、両親から「これから小学校に行くけど、このままがいいか、日本の学校がいいか。どちらにする?」と選択を迫られまして。僕はよくわからなかったので「とりあえずこのままで」と言ったら小学校も引き続き一貫のインターナショナルスクールに入れさせてもらい、そのままずっと高校まで行かせてもらいました。
渡辺
お父様が商社で働いていらっしゃったとか。お父様かお母様が海外に長く滞在されていらしたのですか?
森本
いや、そういうのは一切ないです。2人とも英語喋れないですし。両親がどうしてそういう考え方になったのかはちょっとわからないんですけど、色んな人と情報交換とかやっていたんじゃないでしょうかね。
斎藤
インタビュー前にネットで森本さんについて調べたら「帰国子女」って書いてあったから、海外で生活していていたのかと思ってたけど違うんだね。
森本
そうなんですよ。コントの中で英語を使ったあとに「僕、帰国子女だから〜。」と言ったら、ネタの設定なのに、実際もそうだと思われてしまったんですよ。毎回訂正しているんですが、あまりにもリアリティがあったのかも!?
斎藤
そりゃそうだろうな、英語の発音がものすごくうまいもん。
日本のお笑いはお客さんに笑いどころを提供しなきゃいけないので、アメリカンジョークよりシビアなところがあると思います。
渡辺
インターナショナルスクールではアメリカンジョークが主で、日本のお笑いとはちょっと違うっていう経験談をもうちょっとうかがいたいのですけど、そのずれって、例えばどんなふうな?
森本
要はアメリカンジョークはツッコミがいらないというか。「こういうことがあったんだよ。」「なんだよそれ!ワッハッハ!」というふうに、笑いをツッコミにして終わらせるという感じがあって、僕はそれにちょっと違和感がありました。僕は今ツッコミ担当ですが、昔からツッコミの美しさみたいなのが好きだったんでしょうね。
渡辺
そういえば、アメリカン・ジョークって合いの手がないかも。いわゆるスタンドアップコメディみたいな感じで1人完結するという。
森本
あと、お客さんの前のめりさがアメリカと日本では全然違うと思います。アメリカのコメディのお客さんは、自分から笑いどころを探しに行くのであまりお笑いをする側がスベっているところをみたことがありません。でも、日本のお笑いは、こちらが「ここが笑いどころですよ」とツッコんで笑いどころを提供して、それをお客が判断する形が多いので、スベるときは結構スベる。
渡辺
そういう意味では、日本のお笑いは結構シビアですか?
森本
はい、シビアだと思います。失礼な言い方になってしまうのかもしれませんが、想像以上にお客さんが笑いどころを理解してないこともあります。お客さんの反応を見て、どの程度丁寧に説明するかをコントロールしないといけない。M-1などの賞レースの予選は劇場でやるのですが、予選を見に来るくらいのお笑いファンは、笑いに対して研ぎ澄まされているので、ボケただけで笑いが起きたりするんです。つまり、ボケに対して心の中で「なんでこうなんだよ!」と自分でツッコめるんです。それが決勝になると「観覧者」としてもっと幅広いお客さんが来るので、予選で大うけしたネタをそのままやると全然ウケなかったりすることもあるぐらいなんです。
斎藤
オーディエンスによって変わるというのは、すごく面白い話やね。
プロでいけるかわからないという恐さはありましたけど、もう行ったれっ〜と決意しました。
渡辺
インターナショナルスクールの頃からお笑いを職業として考えていらしたのですか?
森本
ちらっとは考えていました。でも、ずっとインターナショナルスクールで育った分、日本語の語彙力や日本的な知識のなさに遅れをとっているんじゃないかというコンプレックスがあったので、どうせ僕にはなれないと思っていました。いいなとは思っていましたけどあまり現実的ではなかったです。
渡辺
ICUを選ばれたのは、どんな感じで?
森本
St.Mary’s International Schoolを卒業したら日本の大学に行きたいと思っていました。上智とICUに受かったのでICUを選びました。
渡辺
ICUの印象って、どんなでしたか?
森本
ICUのイメージ…伝わるかわからないんですけど、お笑い事務所でいうと人力舎、みたいな。大手お笑い事務所という感じでは少なくともなかったですね。
渡辺
なるほど(笑)。人力舎といえば、少数精鋭。所属されている方々も、いわゆる知的なイメージですよね。コンビを組まれたのは、インターナショナルスクールの時ではないのですね?
森本
はい。はじめ、ICU3年生のときに人力舎の養成所に願書を出したんですけど、ダブルスクールはだめといわれて。ICUを卒業してから願書を再び出して人力舎に入ったんです。ずっと2人漫才をやりたかったので養成所に入って相方を見つけて漫才をやっていました。けど、養成所卒業間近にその相方が「本当の夢、見つけた。獣医になることにする」といっていなくなっちゃたんです。 一方で、今の相方2人は卒業間近に「なんで俺らウケないんだろう。あ、そうか!ツッコミがいないんだ。」って気付いていて。解散してしまった僕はツッコミをやっていたんで、お試しのようではありましたが「よかったら入りたい。」と言って。
渡辺
そんな感じのタイミングで?でも、ジュニアのときすでに1回人力舎にアプライされているということは、ICU在学中にちょっと気持ちが決まってきたというか…?
森本
そうですね。僕がICUに入ったときに、ちょうどお笑いサークルができたんです。4、5人くらいの小さなサークルだったんですけど。その時は同じサークルの人とコンビを組んで漫才をやっていました。普段はD館で集まって、あと月1回教室借りてお昼にライブをやってました。あと、当時は大学お笑いというのが結構盛んで、大きな会場に色んな大学が集まってお笑い大会をやるというのがあってそれで結構通用したんですよ。入賞やたまに優勝したりして。そこで決意したというか。大学お笑いではいけたけどプロでもいけるかはわからないという恐さはありましたけど、もう行ったれっ〜ていうので決めました。
渡辺
そろそろお笑いで食べていこうか!と心が決まり始めたときのお父さま、お母さまの反応はどうでしたか?
森本
めちゃくちゃ冷めていましたね。「こんなに投資したのになんてことを」という思いがあってめちゃくちゃ露骨でした。「まぁ、自分の人生だからいいけど」とは言われたものの、お笑いの世界に入って1、2年目のときは「いつやめるの?もうやめなよ」と言われてました。
渡辺
大変でしたね。
森本
芸人は昼過ぎに起きて夕方に出かけて深夜に帰ってくるというような得体の知れない生活をしているので、親からしてみれば「何をしているんだ」みたいに思われてめちゃくちゃ肩身が狭かったです。けど、2年目になって、お正月に今まさにブレイクしているような芸人さんを輩出してるテレビ番組に出させてもらってた時に、仰々しく「何百組から選ばれた精鋭がこのお正月に登場!ブレイク間違いなし!」という感じで出たのを親が真に受けてくれて「そんなすごいの?!」と。それでだいぶ応援してくれるようになってくれました(笑)。
初めはうまくいかず解散直前までいきました。けど、トライアル・アンド・エラーを繰り返してネタを書いていくうちにどうすればウケるかということがわかってきて、頑張ってみるかと思えるようになりました。
渡辺
数ある事務所の中から人力舎を選ばれたのは?
森本
他の事務所のように大人数の中でピラミッドのように勝ち上がっていくのは自分の性格的にもちょっと厳しいかなっていうので少数精鋭の人力舎に決めました。あと、中学生頃からラジオをずっと聞いていたんですけど、人力舎の方々が出るラジオがめちゃくちゃ好きだったので。
渡辺
卒業間近に土壇場で組んだトンツカタンは、最初からしっくりくる感じだったのですか?
森本
全然なかったです。解散直前までいきました。
渡辺
え?
森本
3人で「ネタをつくろう」といって集まるんですけれども、結局何を提案しても2人の反応はいつも決まって「いいね〜。」だから「何これ?俺がつくってばっかりじゃん。」と思って。そこからもう僕が完全に1人で家で書くようになっています。大変だったし、それでいて別にめちゃくちゃウケるというわけでもなかったし、本当に解散しようと思っていたくらいです。けど、何のいたずらかわからないですけれどもネタが書けるようになってきて…。
斎藤
ほうほう。それは面白いね。
森本
ウケるようになってきたんですよ。トライアル・アンド・エラーを繰り返すうちに、なんとなくこうすればウケるのかとかこうやったらスベるんだっていうのを収穫できてきて、これなら解散しないほうがいいか、辛いけど頑張ってみるかと思えるようになってきました。
斎藤
なるほど。僕も記事とか書くけど書くってやっぱり大変なことだからね。そこに賢いことをちりばめていかなくてはいけないから、ネタなんていったらもっと難しいだろうと思います。芸人さんって、本当はかなり頭がよくないと笑わせられないってよくいいますしね。
渡辺
何が難しいって、人を笑わせることほど難しいことはないですし、コメディアンという存在は俳優も司会もナレーションもプロデューサーも全て可能であるという意味で、お笑いは最もすごい職業なんじゃないかと思います。
森本
そういっていただけるとうれしいですが…まぁ、スタートは稼げないですよね(笑)。
斎藤
ネタ探しというのはどのようにやるんですか。
森本
基本的には日常で「おや」と思ったこと、違和感があったことなどを題材にします。ふと思い浮かんだことのほうが多いかもしれません。考えよう、考えようといって出ることはあまりないですね。
斎藤
とすると、例えば環境を変えてみるとか場所変えてみるとか、全然違う人に会って色んな話を聞いてみるとか、そういうことが大事になってくるっていうことでしょうかね。
森本
そうですね、めちゃくちゃ大事です。
渡辺
大学の頃はバイトをされてましたか?
森本
バイトはずっと実家近くの漫画喫茶でしていました。
渡辺
ずっと実家暮らし?
森本
今も実家暮らしです。恥ずかしい話ですが…
渡辺
なんで?全くいいじゃないですか。お父さまとお母さまと一緒に暮らしてると、見る目が変わってきて応援モードになってるかな?って、肌身で感じますか?
森本
応援しないモードが露骨だった分、それが応援モードに変わったのは肌で感じますね。
渡辺
よかったですね!風向きが変わった瞬間を掴んだんですね。あと、大事なのは……妹さんの反応はどうですか?妹さんから見るお兄ちゃんというのは、愛情がある分、辛辣なところもあると思いますが。
森本
妹も割と応援はしてくれてるとは思います。
渡辺
トリオを組む前からの菅原さんと桜田さんのことは何となく知っていらしたんですよね?
森本
同じクラスだったのでなんとなく知っていました。卒業間近にツッコミがいないため結構2人の仲が悪くなっていたので「あ、こいつら解散するんだろうな」って勘ぐっていましたけど…まさか入るとは。
渡辺
思わなかったんですね(笑)。1年間の養成期間を終えたら、どんなスケジュールが待ってるんですか?
森本
養成機関の最後に卒業検定というのがあるんです。そこで優秀者の名前が読み上げられたら晴れて人力舎に所属できるようになります。呼ばれたので良かったのですが、そこで「トンツカタン」と名前が呼び上げられるまでは本当に不安でしたね。
斎藤
例えば普通の学校だったら卒業論文書いて、それがよかったら卒業するという形だけど卒業検定はきっとそういうのではないんだよね。養成所のときの成績や態度も蓄積して評価されるという感じなのでしょうか?
森本
それもありますし、5月に養成所に入学して9月からは毎月1回卒業までライブがあって、その時のライブの受け具合とかも加味されます。
斎藤
仕事柄やっぱりこういうことばっかり考えるんですけど、ウケるにはやっぱりパターンがあるのでしょうかね。審査する人たちはそのパターンを経験的に知っていて、そういう視点でウケ方を見ているというようなことはあるんですかね?
森本
基準はきっと審査する人それぞれではありますが、それも十分あると思います。
お笑いの世界は居心地がいいし、インターナショナルスクールも楽しかった…。けど大学のはじめがちょっと辛くて半年間は「コッペパン生活」を送っていました。
渡辺
事務所の先輩方や同僚との関係は、どんな感じなのですか?インターナショナルスクールとはきっと全く違う世界で、厳しいところはあると思うのですけれど、楽しく過ごせていますか?
森本
先輩や同僚とは一緒にいて気が楽で楽しいですね。一貫校でしたし気心知れた仲でもあったのでインターナショナルスクールもめちゃくちゃ楽しかったんですけれども…まぁ、大学がちょっと辛かったっていうか。
渡辺
それはまた、どうして?
森本
インターナショナルスクールだともう小学校から知っている仲だし男子校というのもあってすごく和気あいあいとしていたんですけれども、ICUに入ったら、何もわからないし女子も多いというような環境で。男女のグループで話してたりすると「あれ、なんかコイツモテようとしてない?」と男のほうに思うことが多くて。
渡辺
ん?男の子の友達を見て「コイツ、モテようとしているんじゃないか」って思ったってこと?
森本
はい。男子校のときは全くそういうのがなく…。「何それ、おもしろくないぞ」って自分には思うことが多かったけど、女の子たちもまんざらでもない感じで。はじめはそういうのに馴染めなくて、しばらくは授業を詰めて空きがないようにしてました。でも、どうしても昼は空いてしまうので、昼は昼前にその授業の教室から出て、新D館の売店に行ってコッペパンを買ってそれを食べながら図書館まで行って。で、そうするとちょうど図書館で食べ終わるんですよ。食べ終わって図書館のゴミ箱に捨てて、図書館に入って次の授業までふて寝するっていう生活を半年くらいしていました。
渡辺
昼にコッペパンだけの生活を半年間…。痩せてるもんね。
森本
痩せてるのはその後遺症ではないですよ(笑)。ただ「ここじゃないな」っていう風にすごく思ってました。今までやっていたようなツッコミでちょっと強く言ったりすると周りは「なんでそんなにきつく言うの?」みたいな反応だったから「え、うそ?」って思いました。そんな風に過ごしている中でお笑いサークルの存在を突き止めました。行ってみたら僕と同じような感じの人が多くて、そこでようやく居場所を見つけられました。で、お笑いサークルに入ったんだっていう風にまわりが認識したあとに「なんでだよ!」っていうとウケるんですよ。
地道に自分が面白いと思うものを発信して、そのフォロワーが増えてくれればと思います。お笑いはこれからもずっとやっていたいですね。
森本
こいうったこともあって自分が生きやすい世の中にするために芸人になろうっていうのはちょっと思いました。ほんと今は理想的な環境ですね。先輩とかにため口で、いやうるせぇなとか言っても、笑ってむしろほめてくれるというか。
渡辺
居心地がいいですよね。
森本
居心地はめちゃくちゃいいですね。
渡辺
さあ、ここからのビジョンはどうでしょう?
森本
結局売れるって言うことは知名度を最大にするということなので、それこそお笑いの大きな大会で優勝するっていうのもありますけど地道に自分が面白いと思うものを発信して、そのフォロワーが増えてくれればなと思いますね。
渡辺
お笑いの世界での到達点というか、こういう風になりたいという目的はありますか?
森本
もちろん出世しないと食っていけない世界なので、理想をいったら今テレビで活躍されてる方ぐらいのところまで、いけるとこまではいきたいとは思いますね、ホント。
渡辺
で、そこまで行っちゃったらどうするの?
森本
いっちゃったらですか?!…そうですね、まずインターナショナルスクール代を両親に一旦お返しして、それからはそれこそ後輩においしいもの食べさせるとか。物欲はあまりないのですがちょっと欲しいなと思ったら買えるような生活ができたらいいなと思いますね。
渡辺
ということは、お笑いをずっとやってたいということですよね。
森本
お笑いはずっとやっていたいですね。芸人をもし辞めたとしても何かしらお笑いに携わっていきたいですね。
渡辺
それは、すごいことですよね。やりたいものに出会えて、本当によかったですね。
森本
それはあるかもしれないですね。熱しにくく冷めやすいほうなので中々色んなことが続かないほうなんですけれども、お笑いはずっと熱したままですね。
居場所がない人へのメッセージ。ちょっと勇気を出して居心地よさそうなところの門を叩いてみて下さい。もしかしたらそれで人生変わるぐらいの出会いがあるかもしれません。
渡辺
森本さんの英語力がとても話題になってますけど、考えるときは何語ですか?
森本
いつも日本語で考えています。けど、英語で話されたらそういう風にはなるかもしれませんけど。
渡辺
幼稚園からインターだから、両方で考えている感じなのでしょうね。
斎藤
英語の発音がすごいと、もうネタ作りにはいいとこあるわな〜。
森本
ははは(笑)。
斎藤
英語が得意だと、それこそ国内に留まるんじゃなくて英語圏の中で仕事をやろうというのは考えているんですかね。
森本
先輩と一緒に、英語でお笑いをやってYou tubeで配信するというようなことができたらいいなとは考えてはいますね。
渡辺
きっとすごく話題になるんじゃないですか。アニメやゲームのコアなファンが海外にたくさんいらっしゃることを考えても、日本のお笑いがもっとブレイクしてもおかしくないですものね。
斎藤
そういうのを森本さんが先人をきってやったらなかなか面白いかもしれないな。
渡辺
ICUのお笑いサークルの方たちは、今の森本さんの活躍を喜んでいらっしゃいますよね?
森本
それが、結構ICUを卒業してお笑いの世界に入っている人がいるんです。ICUから吉本に入っている人とかもいますよ。
渡辺
じゃあ、ICUにもお笑いの芽が育ってくるかもしれないですよね!その先鞭が森本さんで、ゆくゆくはあの森本さんをICUが輩出したということになるかもしれないし、早めにインタビューしててよかったなと!
森本
ははは(笑)。
渡辺
最後にICUを目指す若い世代やICUの学生の皆さんにメッセージをお願いできますか。
森本
そういう主旨ですもんね。けど、まだあんまりいい印象のこと言ってない気が…
渡辺
いやいや、励まされると思いますよ。だって、ICUに入って、みんながみんな居心地いいと思っているわけじゃないでしょうから。
森本
なるほど。じゃあ、居心地悪い人へのメッセージ。僕みたいに、今、ちょっと居場所がなくてコッペパンを食べる生活をしている人もいるかもしれないですけど、ちょっと勇気出して居心地よさそうなところの門を叩いてみて下さい。もしかしたらそれで人生変わるぐらいの出会いがあるかもしれませんので、脱・コッペパン生活ということで頑張って下さい。


プロフィール

森本 晋太郎(モリモト シンタロウ)
1990年生まれ。東京都出身。幼稚園から高校までSt.Mary’s International Schoolで学ぶ。国際基督教大学卒業後、1年間の養成機関を経て菅原好謙、桜田佑と共に、トリオ「トンツカタン」としてプロダクション人力舎に所属。英語力を活かしたネタに定評がある。テレビ出演の他、都内を中心に単独ライブを行う。「お笑いハーベスト大賞2016」優勝。2017年10月にはDVD「トンツカタンT〜君の笑顔のためだけに〜」を発売。