メジャー&キャリア

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岡田さん 第一回

■プロフィール

ICU高校を1999年に卒業後、社会科学科に入学。3年次に教育学科に転科。1年間の交換留学を経て、2004年に博報堂に入社。クライアントの広報活動を支援するPR戦略局を経て、2010年に、企業ビジョンや商品開発の支援を行うコンサルティング局に異動。


聞き手:鵜飼さん(3年生)、水庭さん(3年生)

 

<第一回:湯島天神の鉛筆がきっかけで‥>

水庭

岡田さんは、ICU高校からICUに入学なさっているんですよね?

岡田

そうですね。

ICU高校に入学した時は、すごいカルチャーギャップを感じましたね。それまで公立の中学校に通っていて、海外旅行もした事がなかったんです。ところが、高校に入ってみると、同い年の同級生が休み時間に、廊下でペラッペラ英語で雑談していたりして。

だから「英語ができる人がこんなにたくさんいるなら、僕がわざわざ勉強する必要はないじゃないか」と思って、高校時代はあまり英語を勉強しなかったんですよね。まぁ、これが後々響いてくるので、ちゃんと英語やっとけばよかったなと後悔したりもするんですけど(笑)。

それに比べたら、大学は最初からハイアガリ(ICU高校からの入学生)の友達が100人くらいいるし、学生も純ジャパ(海外経験のない日本人学生)が多いし、「普通の大学だなぁ」という感じでしたね。

鵜飼

なるほど。ホームというか。

岡田

そうそう。

むしろ大学から入ってきた人が、「ハイアガリは、なんだかいつもつるんでるよね」って思われていましたね。

水庭

今もそういう感じですね(笑)

岡田

あとは、大学に入ってみると、これはICUに限ったことではないかもしれないけど、授業をゼロから自分で選ばなきゃいけないってことが、初めての経験で戸惑いましたね。

今みたいに、APC(アカデミックプランニング・センター)のような相談出来る所も無いし。レジ本(2007年度まで存在した、ehandbookの冊子版)も、僕の苦手な英語で書いてあるし(笑)。

水庭

みんな最初はそこには苦労しますよね。

ちなみに岡田さんは、在学中に転科(現在のメジャー変更)をされたと伺ったのですが、それについてお話していただけますか。

岡田

最初は社会科学科で入学したんです。

ハイアガリの仲間の間では、国際関係学科がすごく人気だったんだけど、「あそこに入ると英語で卒論を書かされるらしい」とうわさに聞いていたのでやめました。

国際関係学科だからと言って必ずしも英語で卒論を書かなくてもいいというのは、後で分かるんですけどね(笑)

水庭

(笑)

岡田

隣の高校に通っていたけど、高校生の知識なんてそんなもんですよ(笑)

あと、高校の時に数学がすごく好きだったのですが、たまたま参加したICUの理学館を見学するツアーで、研究室の雰囲気が自分に合わなそう‥‥と思ったので、自然科学系も無いなあと。

つまり、消去法的な感じで、何となく役に立ちそうだった社会科学科を選んだと、そんな感じです。

ところが、1年生の冬学期に取った「Economy and Economics」っていう授業で、すごくがっかりしたんです。

水庭

授業内容が面白くなかったんですか?

岡田

内容もそうなんだけど、先生がなぜかすごく意地悪だったんですよね。

学期の最初には、「私の授業はいつ来ても、帰ってもいいですよ~」なんて言っていたのに、学期の最後の方には「君、何で遅刻してくるんだ!帰れ!」とグチグチと怒るんだよね。そんな様子を見ていたら、なんだか残念に思ってしまって。

その後も、社会科学科の授業を何個か取ってみたけど、なんとなくピンとこなくて。

そんな時、転科というシステムがあると初めて知って、2年生から徐々に、教育学科の授業を取り始めたんです。

鵜飼

なんで教育学科を選んだんですか。

岡田

実はですね、それは小学校までさかのぼるんです。

小学校6年生の時に通っていた塾の先生が、教え方がすごく上手でした。

算数の先生だったのですが、毎回授業の終わりに小テストを配って、一番最初に全問正解した人には、湯島天神の鉛筆をくれたんです。

水庭

学問の神様のですか?

岡田

そうそう。

今考えれば、ただの鉛筆なんだけど、当時はなぜか分からないけど、それがものすごく欲しくて、頑張ったんですよね。

毎回のテストでダメなところを復習したりして。それで、気が付いたら鉛筆を毎回取れるようになっていて、気が付いたら算数をすごく好きになって、成績がすごく上がっていた。いつの間にか勉強自体も好きになっていたんだよね。

自分がただ単に単純だっただけなのかもしれないけれど、それでも鉛筆1本でこんなに勉強って面白くなるんだっていうのが衝撃的で、小学校の卒業文集に「将来は先生になりたいです」って書いたほどでした。

水庭

そんな昔までさかのぼるんですね。

岡田

それが、「教える」って面白いなって思った最初の思い出です。

でも、そんな「先生になりたい」っていう夢は、高校時代のいろいろな楽しい事の中で忘れてしまって(笑)、大学も推薦で入学したから、正直あまり明確な目的なくICUに入ったところがありましたね。

しかも、「なんとなく役に立つかな」ぐらいで社会科学科を選んだけれども、どうもピンとこない。

そんな時に、「そう言えば、もともと『教えること』が好きで、先生になりたかったんだった」というのを思い出した、というわけです。

水庭

「教える」というところから、教育学科に転科したんですね。

岡田

そうですね。でも実は、もう一個きっかけがあるんです。
2年生の春くらいだと思うんだけど、本屋さんでたまたま「広告批評」っていう雑誌を見つけたんです。

今はもう廃刊になってしまったんですが、当時の話題の広告を紹介している月刊誌でした。

その雑誌を読む前は、例えばトヨタのCMはトヨタが作っていると思っていたんだけど、実は電通とか博報堂みたいな広告会社があって、そこが専門的に作っているっていうのを初めて知って、そういう「人の心を動かす」みたいな仕事もあるんだ、と少し興味をひかれたんです。

でも、就職云々というよりは、「何かを人に伝える」とか、「コミュニケーション」みたいな事が楽しそうだな、と感じたというのが、当時の気持ちでしたね。

まさか、自分がその会社で働く事になろうとは、全く思ってもいませんでした。

水庭

なるほど~。

岡田

当時のICUで「コミュニケーション」を学べるのは、「国際コミュニケーション(・言語論)」と「教育(工学・)コミュニケーション」の2つがあって。

国際=英語=苦手、という私ですので(笑)、教育学科のコミュニケーション関係の授業を取ってみたら、すごく面白かったんですよ。さらには、「先生になりたかった」という夢も思い出して。

水庭

なるほど。

社会科学科で入ったけど、「コミュニケーション」を経由して、教育に戻って来た、という感じですね。

でも、小学校の頃に原体験がちゃんとあって、後々繋がっていくところが面白いなぁって思いますね。

岡田

スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学卒業式での祝辞じゃないですが、振り返れば点が線になっているんですね。

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もくじ

第一回 湯島天神の鉛筆がきっかけで‥

第二回 留学で確信した事

第三回 深さと真理で勝負する

第四回 マイノリティを楽しもう

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メジャーとキャリアの関係性について、現役ICU生が同窓生にインタビューしました。
同窓会とICUアカデミックプランニング・センターの共同企画です。

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