メジャー&キャリア

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中村さん 二回目

 

<第二回:いつか、恩返しできるように>

清水

中村さんは、ICU3年生の時に退学・再入学の制度を利用して、モザンビークに行っているんですよね?

中村

そうなんです。理由によっては退学して3年以内であれば大学に戻れるという制度がありまして。

それで、なぜわざわざ2年間大学を離れて行った先がアフリカだったかというと、ICUで所属していたコミッティー(ICU祭実行委員会)に、休学してインドでトイレを作って帰ってきた先輩がいたんです  。(笑)

清水

ICUらしいですねー。

中村

その先輩は、直接インドのNGOに行って、自分でニーズ調査をして募金を集めていたんです。

それを見て、「アジアは行こうと思えば自力で直接NGOにコンタクトをとってボランティアに行けるんだな」と。

だから、せっかくなので、ちょっと自力じゃ行けないような、よく国際協力の教科書に書いてあるサハラ以南アフリカのどこかに行きたいと思いました。

横関さんの授業を受けてから、国際協力の中でも、教育という専門性を身につけたいと思ったので、サハラ以南アフリカで、教育分野の活動が出来て、半年以上同じ場所で働ける所、という条件を軸に探したら、それがたまたまモザンビークだったんです。

清水

なるほど。モザンビークでは、何をしていたんですか?

中村

そこでは、小学校の先生を育てる学校で英語と社会などを教える仕事をしていました。

なるべく村に溶け込みたい、村の人とできる限り同じ感覚で生活したいと思っていて、電気も水道もなかったので日が暮れたらロウソクを灯して、1日100リットル水が必要だったので頭に乗せて運んで、という生活を毎日していましたね。

清水

それは大変そうですね‥‥

中村

ジュースを買う所すら、村の人に見られたくないというか、それは外国人だからできる贅沢で、村の人と心の距離が出来てしまうと思って我慢していました。

そんなある日、空のジュースの箱を集めていた時に、子供たちが群がってきてその空箱を奪っていったんですね。私はその時に、「えっ、空なのになんで?」と自然に思ったんです。

だけど村の人に、「あの子達はそれに水を入れて薄めて甘い水を飲みたいからその箱を奪うんだよ」と言われた時、どんなに自分が努力してその人たちの目線になりたいと思っても、自分はやっぱり日本で生まれ育っている人なんだという自覚の少なさを思い知らされました。

清水

なるほど‥‥

中村

他にも、道端でハイチュウや飴をバラバラにして1つずつ売っているのですが、なんでかというと1つずつの単位で売らないと高すぎて誰も買えないんです。

現地の人に心を許して慣れ親しんだつもりだったけど、日本でのシャワーがあって電気が普通に点いていて‥‥という生活が当たり前になっている自分もいる。

だから、同じになるんじゃなくて、よそ者だからできることを考えなければいけない。そんな事を感じましたね。

飯塚

私もすごく共感できます。

アフリカのマラウイという国の、ジャカランダという場所をご存知ですか?AIDSの孤児の学校があるんですけど、そこで夏に4週間ほどボランティアをしたんです。

中村

サービスラーニングですか?

中村

そうではなくて、高校生のときに行きました。私もトイレを作って帰ってきたんです(笑)。

その時の経験が本当に胸に残っていて。学校の生徒の一人をスポンサーしているので、すごく「戻りたい」という気持ちがあって。

とても感動したのが、2年後にジャカランダに戻った時にみんなが私の名前を覚えていてくれたんです。戻るだけでも自分に出来ることがあるんだなと思いました。

中村

確かにそうですよね。

私もJICAに入る直前に、3年半ぶりにその村に行ったら、皆がボランティアに来た歴代の日本人の名前を覚えてくれていました。

飯塚

そんな中村さんが、今の日本にいて、毎日どういう風にこの社会を受け入れていますか?

水もあるし。電気も点いてるし・・・。

中村

それにいちいち罪悪感を感じてたらキリがないとも思います。でも、すごくやるせなさを日本で感じるのは「自殺」なんですよね。

特に人身事故で電車が止まった時に、いま人が亡くなっているかもしれないのに舌打ちする人がいたり。こういう社会が人を殺すんだとすごく思って、他人の死や痛みに対する無関心さにすごく憤りを感じました。

飯塚

なるほど‥‥。

中村

実は、モザンビークで授業をしていた時に、日本の自殺のエピソードを取り上げたことがあるんです。

日本で毎年3万人が自分で自分を殺していると言っても、皆全然ピンと来てなかったようなので、「私自身も実は死にたいと思ったことがある」と口にしたら、寝ていた生徒たちも飛び起きて、「先生、死んじゃダメだ!」と口々に叫びだしたんです。

私が死にたいと思った当時の理由は相当くだらなくて、すごく好きだった人に彼女が出来て、かつその彼女が私と全然違うタイプの女の子だった、というだけなんですが(笑)。

一同

(笑)

中村

まあ、自己否定感というか自分のことを自分で認めてあげられなくなってしまって、苦しくなった時期だったんです。

でも、その授業で、生まれつき片足が不自由な男子生徒が、「日本人って自分が生きてることに感謝してないってこと?」と、さらっと言ったのが、なんだか忘れられなくて‥‥。

彼自身は生まれつき片足がなくても自己否定感のかけらもなくすごく明るくて、「俺は先生になるんだ!」と言っていて、生きる力というか輝きを感じました。

飯塚

そうなんですね。

中村

モザンビークの人たちから私たちが学ぶのは、自己肯定感と生きる力ですね。

日本では、滅多に周りの人が死ぬことがないから、身内の人が亡くなったりしたときに「何で自分ばかりがこんな目に会うんだろう」と思ってしまいますよね。だけど、モザンビークでは、悲しいことにそれが頻繁に起こりすぎいて、自分だけが特別な目に会っているとは思えないんです。

私の生徒さんにも、「うちのダンナは交通事故で死んだよ」とか「これ、俺の死んだ子供。3歳だった」と話してくれた人たちがいたんですが、彼らは落ち込んでなんかいられない、残りの生きている人たちのために働くんだ、という前向きに生きざるを得ない。

このように死が身近すぎる社会であり続けてはならないと思いますが、他人と比較して「こんな目に」って思うのではなくて、今を受け止めて生きる、自分で自分をちゃんと認めてあげる気持ちが大事だなと、モザンビークでの暮らしを振り返って思いますね。

飯塚

なるほど。

中村

でも、モザンビークでの活動を終えた時は、半年ではこの人達に何もしてあげられなかったし、勉強も経験も不足していて役に立てず、むしろ助けてもらってばかりだったなあと、帰りの飛行機でしみじみ思いましたね。

いつかこの人たちに恩返しできるような仕事ができるように帰ってこようと、そう思ってアフリカ大陸を離陸したのを、今でも覚えていますね。

飯塚

モザンビークで感じた想いは、JICAでのお仕事をしていく中でも意識していることなんですか?

中村

業務とは直接関係無いんですけど、個人活動の一環として、小中高大学の出張授業を行っているんです。

清水

すごい!どんな授業なんですか?

中村

開発教育というか、先進国である日本の子供たちに、自分の消費生活と世界の貧困がどのようにつながっているかを知ってもらう、そんな授業です。

そして、自分が手に取る食べ物の先に生産者がいて、世界があるということを感じる人が一人でも増えたらいいなと思っています。

そこでも、モザンビークで得たメッセージや、いじめや自殺という言葉が存在していなかったモザンビークの暮らしを伝えています。

清水

中村さんにしか出来ない、素敵な活動ですね。

中村

モザンビークから帰ってきて、自分が一生かけて一人でがんばって働いても、おそらくこの貧困はなくないだろうと感じたんですね。

でも、過去の人たちが学んだ失敗を、自分が一生懸命学んで生きて、新しい世代に伝える事は出来る、そう考えたんです。

清水

モザンビークの経験が、今に生きているわけですね。

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もくじ

第一回 国連に入るには、経済が狙い目?

第二回 いつか、恩返しできるように

第三回 人の生活は、分野では区切れない

第四回 ときめく授業と人を追いかけろ



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メジャーとキャリアの関係性について、現役ICU生が同窓生にインタビューしました。
同窓会とICUアカデミックプランニング・センターの共同企画です。

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