インタビュー内容

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第4回 2006年8月8日
占星術研究家・翻訳家 鏡リュウジ

鏡リュウジ
プロフィール
占星術研究家・翻訳家。 国際基督教大学卒業、同大学院修士課程修了(比較文化)。 雑誌、テレビ、ラジオなど幅広いメディアで活躍。 とくに占星術、占いにたいしての心理学的アプローチを 日本に紹介、幅広い層から圧倒的な支持を受け、 従来の『占い』のイメージを一新する。
ICUを知ったきっかけは僕のことをよく知っている編集者の人が教えてくれたのですが、正直「この大学の試験だったら勉強しなくてもいいかも」と思ったのが受験した動機の1つでした。
齋藤
AOLSの講演会の記事で、高校の時から占いを雑誌に連載されていたと聞いて驚きました。今日は何故占いに興味を持ったのかも聞きたいのですが、その前に何故ICUに入ったのですか?
僕の時代は最後の共通一次の世代で、数学ができない僕は国立と私立の理系は無理だと思い、私立の大学を受験しようとまず考えていました。そうなるとやっぱり「有名なA大学、B大学かな・・・。うん、A大学は雲の上の「神様」みたいな存在やけど・・・、これや!」と漠然と思っていました。で、そのときに僕が連載していた雑誌の編集長がA大学出身だったので、A大学を受験しようと思っていることを相談したら、「あほか! あんなマンモス校で普通の人がようけおる大学に入って、どないすんねん! ICUっていうもっと面白い大学があるで?」とICUを薦められました。最初、僕はICUを知らなくて「僕があほだからなんか変な大学を薦めている・・馬鹿にされた」と思いました。でも、調べてみると"教養学部=リベラルアーツ"があって人文系の授業も充実している、、しかも試験は普通の受験勉強とは関係なく、その場で論文を読んでそれについて答えればよい、ということで、「これだったら勉強しなくてもいいかも!」と思ってICUの受験を決心しました。
渡辺
あの、同級生として勝手に補足させていただきますね。鏡さんは謙遜していますが、大学に入った当初から占星学では日本で5本の指に入ると言われていたんです。リベラルアーツという意味を私はちゃんと分かっていなかったけれど、鏡くんは知っていたし、大学に入る前からまさにリベラルに自分の好きなことを深めている人でした。柔らかい人当たりで決して偉ぶらないけれど、すごい人がいるな…と思いました。
10歳くらいから占いに興味を持ち始めました。ある占い雑誌への投稿がきっかけでした。
齋藤
AOLSの記事を読んだり、お話を聞いていると、現在占星術をやっているのは、ICUへの入学前の影響が大きいようですね。先ほど占い雑誌への投稿とありましたが、そもそもなぜ"占い"に興味を持たれたんですか? それはいつくらいからのことですか?
10歳くらいから占いやオカルトには興味をもっていました。中学時代には雑誌に投稿。きっかけは、単純で、ただ単に当時は、"そういった雑誌に投稿することが流行っていた"のです。
渡辺
私も雑誌などで何度か鏡くんにインタビューさせていただいてるんですが、占いにまず興味を持たれて、そこから占いに関係する他の雑誌や本を買って読んでいく、読んでいくうちに更に興味が枝葉のように広がっていったのだと思います。
齋藤
でも、「興味がある、読む」ことから、どのように実際に"投稿する"に至ったのでしょう?
僕が投稿していた時期は、ノストラダムの大予言が流行っていたこともあり、占いのスターがたくさんいらっしゃいました。当時の僕はあんな風には絶対なれない、あるいはなりたくないと思っていたのですが、ただ好きで、見よう見真似でノートにチャート(占星術)を書き写していました。そうしていくと、難しくてはじめは意味もわからなかったチャートが、だんだん書き写すにつれて、わかるようになっていって投稿するようになったのです。
齋藤
ただの投稿していた1人の熱心な読者が、どのように編集部と知り合いになったのですか?普通に考えると投稿してから実際にその雑誌のコラムを持つなんてありえないと思うんですけど・・・。
当時、占いの雑誌がたくさんあって、たまたま友達のお姉さんに教えてもらった雑誌に読者が、ホロスコープを読んで原稿を送る、内容の投稿がありました。僕は、単純に毎月の連載に応募して入賞すると図書券がもらえたので、毎回投稿していました。そのうちに、中学生の時に出版社から突然連絡がきて「東京に来ないか」と話がありました。でも中学生だったので、せめて高校になってからと断りましたがそれがきっかけでその後雑誌の連載をするようになったというわけです。
渡辺
メディアへの関わり方として分かる範囲でお話しすると、実際に鏡さんのように投稿からプロの道に進まれるのは珍しいことではないのかもしれません。例えば、ラジオの場合でも、あるテーマに対してリスナーが投稿して下さいますよね?面白い投稿を下さる方や常連のように関わって下さるリスナーにはラジオ局がコンタクトを取って番組に関わっていただくようになる、向いていれば、そのうちに放送作家として働かれるようになることもあります。目立つほど面白い投稿を下さる方は、広い消費者を持つメディアが張り巡らす細い根から吸い取られて、その業界で活躍するようになる仕組みが出来ている面はあるのかもしれません。
齋藤
それは非常に面白いですね。なんだかシンデレラストーリーみたいなものが現実世界であるのですね。 ちょっと話を鏡さんに戻すと、そもそも「占い」ということ自体に興味をもったのには何か影響があったのですか? 普通きっかけは家族だったり友人だったり、何か影響するものがあるはずやと思うんですけど鏡さんの場合はなんだったんでしょうね。
別に家庭でも親しい人の影響でもありません。もともと好きだったのでしょうね。あるとすると、小学校のときに読んだ「小さい魔女」などといった童話や絵本は僕に影響を与えたかもしれません。今は占いということで自分の名前が知られていますが、実は魔法の伝承とかそういった世界には子供の頃から興味がありました。
齋藤
ちなみに、小さな頃から占いに興味をもったり占いの雑誌に連載することに、家族や周りの反対はなかったんですか?お話では、高校生の頃からそのような状況を認めてくださっていたようですが、どのような教育をご両親からうけてこられたのでしょう?
京都で僕は育ちました。両親は、僕が10歳の時に離婚しました。父は京都の繊維業界でやってきた人で、当時はかなり景気も良かったこともあり、お金もありそれなりに遊んでいる人でした。でも基本的に父は「経営」ができる人ではなく、人に騙されることもありました。一方で母は日本で初めて着付け学校をするなど、父よりも商才があり母は堅実に経営をしていました。それで、まぁ父と家族との関係も父の商売もどうにもこうにもうまくいかない、このままいったら一家全員貧乏になる状況になったとき、僕は「おかん、おやじと別れてくれへんか?」と10歳で母にお願いをしました。それで、それまである程度の広さの家に住んでいましたが、母のアトリエに母、祖母、妹、僕の4人で移りました。
女性が一人で輝いて生きるための占いを無意識的にやっています。それは育った環境も関係しているのでしょう。
齋藤
ご両親は離婚し、お母様、おばあさま、妹さんと女性に囲まれた生活が、今の占星術に影響を与えたんでしょうか?
それは少なからずあると思います。今でこそ思うのですが、僕は女性が1人で生きる姿を見て育ちました。変な言い方ですが、結婚して子供を生み主婦をしている女性よりも普通の人の生き方からはみ出して悩んだり、その枠の中で息苦しく思っているような女性をみてきました。だから、一人で生きる女性の占星術を自慢をしているようで恐縮ですが僕は得意なんじゃないかと自分で認識しています。
渡辺
家庭に入った専業主婦の方も、ご主人とお子さんがいらしても自分自身の生き方や居場所を模索されることもあるかと思います。でも、家庭を持たずに一人で生きている女性が、このままでいいのか、探してるのは何なのか迷うことは、もしかしたら主婦以上に多いかも…だから、鏡さんの占いを求めるのかもしれませんね。
そうなのかもしれませんね。今はこれだけ社会が流動的になってきて、次の生き方を探すのが難しくなってきている。「そこでどのように生きるのか」というところに共感してもらえる方たちが僕の占いの読者になっているのだと思います。
占星術はどう頑張っても迷信です。でもそういった迷信を2000年もの昔から人は信じて生きてきた、だから僕はそこの世界にいてもいいんじゃないかと思っています。
渡辺
白状すると、私は占いに全く興味がありませんでした、でも、今になってふと、 「自分が生まれた瞬間だけが持つ、年、月、日、時間、場所、天気、温度や湿度などがあって、そこからどのような波長をもらったのだろう?」と考えると非常に面白いと思うことがあるのです。
齋藤
それは僕もそう思います。でも、多分いつも鏡さんはみんなに聞かれるとは思うんやけど、世の中に自分と同じ生年月日の人はいっぱいいるのに、でもみんな一緒かというとそうではない、占いって何なんでしょうね? 
占い師の「優等生」の意見で言うと、「生年月日は同じかもしれないけど、それぞれ星から位置が違う。」と答えると思います。ただ、言い方は悪いかもしれませんが、私は占い師と合理主義者の両面を持っています。生年月日が一緒でも人はみんな違いますが、単純に年、月日、時間、場所、天気とかいう変数が増えたらといって単純に運命が変わるわけはないと思っています。ここは占いのミステリーで正しいデータがあると正しい結果が導けるという科学モデルは適用できないのです。一期一会というか、「占星術のモメント」があるということかと。合理的には説明不能ですけど。ここは非常にデリケートな問題です。 ただ、「郷に入っては郷に従え」というようなもので、この占いの文化や世界には長い歴史があり、その文化を生きている人もいる。だからこそそれを受け入れても良いのではないかと思うのです。例えば、ネイティブアメリカの人達は、自分の先祖がインコだという言い方をすることがある。近代のなかで生きている人からみれば「自分の先祖がインコだなんて」と絶対に信じないでしょう。実際、そのことを説明するために人類学者たちはさまざまな説明をしてきた。「言語の病」だとか古代の考えをいまだに生きているとか、ときには精神病のようなものだとか。すべてこのような説は批判されていますね。 同じように、占星術はどう頑張っても迷信ですが、それも一つの世界なのです。 ここはとても重要です。異文化をどのように受容するか、ということとつながりますからね。
齋藤
以前鏡さんのお話(AOLS)で、天体が音楽を奏でるとういう話を聞いて、非常に面白いと思ったんです。僕のいる場所では僕しか分からない天体がこすれる音があるんじゃないか、月日、時間もあるが、かもしれないが、もしかしたら立っている場所だけで、そこには僕しかない運命があるのではと思い、非常にロマンティシズムを感じました。
ICUは京都という村社会から異文化に触れるきっかけでした。
齋藤
学生の興味の一つに、「世の中はリベラルアーツよりも実社会で使えるスキルをどうやって身につけるか」が重要だと言われるようになっています。そしてリベラルアーツは実世界の全く逆にある、と言われたりします。しかし、私はそうではなくリベラルアーツの良さをすごく認めているんです。特に、ICUはリベラルアーツの魅力的なところを明確にして、それをもっと高めることがすごく大事だと考えています。だからこそ、「鏡さんがICUで学んでよかったことはなにか?」ということに非常に興味があるのですが・・・。
僕は、結果的に直接自分の仕事につながる研究をICUでしてきました。でも、その時は自分でそれを意識しているわけではなく単純に好きだったのです。僕にとってICUは今思うと、いろんなカルチャーに出会える、そういう視点を持てる場所でした。京都は大好きですが、基本的には狭い共同体社会です。京都ではカルチャーを守ることを重んじて、他の視点、外のカルチャーをみることを積極的にしてきませんでした。だからICUは京都から来た自分にとっては異文化で、すごく自由な感じがしたのです。
もう一つは、ICUで僕は自分が好きなものを「方法論」として教えてもらった気がします。例えば、泳ぐときに上から頭をおさえられて「泳ぎなさい!」と泳ぎ方を教えられるのもありますが、ICUでは「ほら、この先は水だよ。この先には水という世界があるんだよ」、「こうやって手と足を動かして泳ぐのだよ」と教えてもらったような感じでした。
渡辺
鏡さんは「村」と表現していましたが、京都という土地で私も同じような印象をうけました。京都で生きるということは、伝統と文化を重んじて、異分子ということの反応を見せないようにすることがある部分では必要とされる場所なのかもしれないと感じました。だからこそ鏡さんにとってICUのリベラルアーツは全く別の世界だったのではないでしょうか。前回インタビューをした高村薫さんは、大学では授業についていくことが必死だったと話をしてくださいましたが、鏡さんはICUで「自由」になった感じだと思うのです。今ビジネスの実学の現場にいる齋藤さんはどう思われますか?なりたいもの、そのためのステップ、キャリアをつむのに必要な学問を求めることがあるのでしょうが、それと逆にリベラルアーツを通じて自由を求めていくことについてどう思われますか?
斎藤
先ほど触れたように、ICUは「ものの考え方」を学ぶ場所だと思いますよ。ICUの面白いと思うのは「自由」と「その懐の大きさ」なんですよね。というのも僕は大学1年のときに大学紛争が始まり、その後1年留学して戻ってきたんですが、帰国して最初の学期は、ここだけの話ローグレードをもらったんですよ・・・。担当のアドバイザーから成績をもらって、最初は驚きました。しかも、退室するときにそのアメリカ人の先生に、日本語で「おそまつ」とまで言われたんです(笑)・・・。でも、ICUは決して成績だけで人が判断されないと感じていました。たまたま、そのすぐ後ぐらいに、図書館の竣工式で学生部長になぜか私が学生代表で"くわ入れ"をやってくれと頼まれたんです。軽く了解したら、その"くわ入れ式"の司会が僕にローグレードを出した先生でした。 学生代表というのは大体成績のいい学生に決まっているらしく、彼はまさか僕が学生代表とは思っていなかったのですね。でも、「にやり」と笑って前の席に呼んでくれたのを今でも想いだしますね。それが当時の僕にとっては非常に面白くて、ICUの懐の大きさだと思ったんです。
渡辺
鏡さんは学生の頃から社会を「客観的」に見てらしたように思います。もしかしたら、社会に居る自分自身も。例えば、就職活動をする時にも「一番つぶしが利くのは?」と、すごく現実的なことを分かっていながら、実際やることは、ご自分が一番好きなことをする。もちろん、まわりからどんな風に言われるかもわかった上で自分のやりたいことを貫いているように思えます。
齋藤
本当にそうですね。これまでお話を聞いた人と共通で鏡さんは記憶力がどうこうではなくて、客観的に見る力、そこから考える力というのがあるような気がします。
渡辺
雨宮先生、高村さんにしても客観視してらっしゃる部分があるのでしょうね、社会に対しても、ご自分自身に対しても。観察する眼を持って、地位や肩書きや外見といった殻の部分以前に中身をご覧になって決めていかれるのでしょうね。無論、地位や肩書きは努力の結果として人が獲得したものですけれど、功成り名遂げた方と20代そこそこの肩書きもない人が同じ事を言っても同等には取られない世の中、その人が言っている中身を聞いて判断できる眼が、きっと大事ですよね。鏡くんの場合そういう眼を持ちつつ、好きな道に進んだ結果、今、目立った存在になっている気がします。
僕の場合は、単純に好きなことをやっているだけですよ(笑)。例えば、ケルトは専門ではありませんが、好きで興味があったし、バビロニアも占いのルーツだと思って勉強しました。でも、それをちゃんと語ろうと思ったら、そのもととなる本を読んでしっかりと理解しないといけないと思うし、それに実際に触れないといけないと思っているのです。
渡辺
雨宮先生、高村さんもそうでしたよね。研究の全てが、「分からない」ことから始まって、それを解明しようと進んでいったら、また分からないことにぶつかった。また開いて進んでいこう、とする…それがとても普通なのだけれど、なかなか出来ないところだと感じます。
僕の場合、そこですごく大事なのは、僕は学者ではないということをしっかりと区別しておくことです。興味があることを調べていくことはしますが、その領域を広めることはできない。ある意味僕はいつも「僕は学者ではでもなければ、専門家でもない」という意識を持っていないといけないと思っているのです。
トレンディードラマ「東京ラブストーリー」を毎週見るのが楽しみで仕方ないくらい、大学の「ゴロチ」の授業が好きでした。
ICU時代は好きなカリキュラムだけをとっていました。人気ドラマをどうしても見たいと思うのと同じくらい、僕は「ゴロチ」の授業が大好きでしたICUの授業は本当に楽しくて最高でした。
渡辺
鏡くんは勉強自体が「面白くてしょうがない」という状況だったんですよね、信じ難いですけれど。「ゴロチ」を愛していたなんて逆立ちしても、私には言えない…。
最初にとった一般教養の授業がすごく印象的でした。自然科学学科の渡辺正雄先生の授業で、僕はそれまで理系嫌いで仕方なかったのですが、その理系の授業は面白くてしょうがなかったのを覚えています。僕にとってはICUの授業は勉強をしているのではなく、「遊び」だったのです。
結局、占いしか僕にはなかったのです。まさに「背水の陣」でした。 でも、絶対に他の人と同じようになってはいけないと思っていました。
齋藤
占いを10歳の頃からずっとやってこられて、実際に占いを仕事とすることに対してはどう考えたのですか?多くの場合、大学を卒業するときに、そこからの生活を考えて現実に戻ることもあるのではないかと思いますが、鏡さんの場合はどうだったんでしょう?
もともと自分にとって占いは、たとえていえば「20歳の禁煙」というようなもので、これまで自分の好きなことをやってきた生き方に区切りをつけて、「まっとうな社会人」になろうと考えていました。夢も銀行マンになることでしたし、そうなるはずだったんです・・・。でも、大学4年生のときには、景気も良くて就職先もたくさんある、本を書いていてある程度収入もあったし、それが楽しくて、もう少しその楽しい時間を延長したいと思って、結局大学院に進みました。生活の採算も取れていて、それがずるずる続いたのです。
その後、この世界でやっていこうと覚悟を決めたのはマイナス発想でした。27歳くらいで気がついたら他がない、まさに「背水の陣」だったんです。もちろん恐怖はありましが、他の人と同じになってはいけないと思っていました。雨宮先生、高村さんや堀さんは「好きで好きで仕方ない」と言う感じで、ネガティブな感覚が一切ないのだと思いますが、僕は占いをそのように愛したことは一度もないのです。例えると、僕は「こんな女を好きになっていいのか??と思いながら、ずっとつきあっている」という感じですね・・・。そもそもネガティブな考えできているので、駄目だったらスパッと潔くやめてもよかったし、現実をしっかりと受け入れたらいいと思っていました。
斎藤
へ〜、すごく面白い話しですね。それで、その後は?
途中で大学院をドロップアウトしました。当時メディアで仕事をしていることが学校に公になったこともあって・・・結局占いの道は、選んだというよりも消去法でそれしかできることがなかったのです。僕は「今の職業に努力してなった、達成感がある」ということではないので、今のニートと言われる学生になかなか説教も出来ないような存在なのです。
齋藤
でもICUで勉強してきたらいろんな選択肢が考えられただろうし、これを我慢したらこれが出来る、と世界を広げることも出来たんと違いますか?そうしなかったのは、ある意味自分の世界を早い段階で既に決めていたということなんですか?
僕はその自分のやりたいことを抑える「我慢」が出来なかったのです。だから今のニートの学生たちのモラトリアムの心理はものすごく良く分かるし、私はたまたま占いというニッチな世界に"はまった"だけなのです。良いメッセージではないかもしれませんが、これまで編集長をはじめいろんな人にかわいがられてきた環境が、居心地が良くて・・・。このまま居心地がいいというだけではだめだ、だめだと思ってきたからこそ、ここで職業としてやっていこうと決めました。
齋藤さん、"人間の業"その言葉好きです。
齋藤
今後、どのような人生を歩んでいこうと考えられているのでしょう?同じ質問を自分にしてみると、私は企業に問題解決の考え方を教えていて「軸足をきめろ」といつも話をしています。自分の保身に走るとか、自分の部門の利益を上げるとか、会社の利益を上げるとか、そんな細かいことを考えるなと言う話をしているのです。要は「死ぬときに後悔しないか」ということでしかないのです。僕の軸足はそこにしかなく、正しいことをすることにしかありません。企業変革は結局人間の「業(ごう)」との戦いで、「性(さが)」をもっと超えていると思うのです。「性」はコントロールできても「業」はコントロールできなくて、そこの部分と向き合って戦え!と話をしているのです。
今後のことを聞かれると、いつも「今がピークですから・・・」と答えているくらいなのですが(笑)、齋藤さんのおっしゃることはすごく良く分かります。考えてみると、自分は結局「業」になかなか勝てなくて、それを自分でも分かっているから、占いの世界にいて良いのかもしれないと思うのです。別の言葉で言うと、「無意識の自律性」という言葉があるのですが、自分の心は自分でコントロールできると思うからつらいだけで、自分の心は性欲や食欲のように、なかなかコントロールできないこともあります。逆に状況によってはコントロールできるときもあります。完全に負けてしまうわけではなく、だからといって完全に制御できることでもないのです。中間のものがあって、それで人は動いているから、経済原理と言うところも成立していくのだと思うのです。みんながそれは無理だよね、と言って終わってしまったら何もかわらないし、もちろんコントロールが完全に出来たら面白くないから、それと折衝して向き合っていくしかないと思います。
斎藤
業は人間同士の戦いだから、性に比べてしんどいんですよね。
先ほどから思っていたのですが、"業"僕その言葉好きです! 齋藤さん、素敵な言葉を使いますね。性は一世代。"業"は何世代にもまたがっていると思うのです。齋藤さんのおっしゃる企業風土も何世代にもまたがっているから、変えていくのも難しいのですね。
徹底的に追求すること、欲をかくな、それが人生における教訓です
渡辺
これから鏡さんはどうやって「自分自身のチャート」と向き合っていくのでしょう?
これからどんなことが現実にくるかは自分にはわかりませんが、こうきたか!ということを知るのは自分でも非常に面白いのです(それに向き合うかは自分でも分かりませんが)。例えば、チャートを「ただの紙切れが何やねん」という意識モードのときと、ものすごくその紙切れがリアリティをもって立ち上がるときがあります。意識できるときと、そうでないときがあるのです。例えばそれは将棋、チェスに真剣になったときに王将がこれまでと違うものに見えるような、そのルールの世界に入ったときには、そんな感覚でチャートが見えることがあるんです。
齋藤
自分の生き方について振り返って良かったと思われますか?
それは、死ぬときには正直、どうか分からないですね・・・。今は皆さんに支えてもらって幸せな人生を送っていますが、死ぬときにはわかりません。
斎藤
分からない、というのはある意味すごく広いものとして捉えているし、僕は鏡さんの人生は青天井だと思います。今回鏡さんのお話を聞いて、徹底的に自分の興味のあるものにエネルギーを使おう、ということが鏡さんが今のようになられたキーワードだと思いますが、それ以外に何があるのでしょうか?
そうですね、結局「欲をかくな」ということかなと思います。私は家庭が少し裕福だったときから急に落ちたことを経験しています。その両面を見てきて「欲をかいたらあかん、欲をかいたら失敗する」ということを知っているからこそ、自分を戒めているのです。
齋藤
今多くの企業の問題は個人主義が蔓延していて、自分の会社、チームのために貢献しようという人が減っています。そんな、ある種の個人の欲に走ってしまっているのですが、欲ではなく、ある種の徳であったりすることを求めることが大事だと思うんです。鏡さんの考える欲の世界、欲を欠くなとはどうゆうことなんでしょうか?
単純に裕福な層が世の中にいて、そして、それらはずっと再生産されていくのが現実です。逆にそうでない人たちで若い時に結婚する人が増え、できちゃった婚も増える。そうなるとその人たちの収入源も更に限られる。そのときに欲をかいて失敗する人も増えてきているのではないかと思うのです。そもそも階層移動が起こるのは女性だけと一般的に考えられてきました(いわゆる玉の輿のような形で)が、今は男性であっても、ある種の階層移動を志向する傾向にあります。これまでは学者かアーティスト、スポーツ選手くらいだったと思うのですが、今はファンドみたいなものも加わって、一発やってもうけようという人もたくさんいるように思えます。一生懸命やるより、"うまいことやって"と欲をかき、結果的に失敗する、挫折する人がたくさん出ているように思います。
齋藤
今我々がいる世界は「間違いがたくさんある世界」だと思います。ここ最近、ディシプリンを大事にしない人が多く、企業でも「叱る人」がいない、叱る理由を説明できない、と言う状況です。このままでは企業は崩壊してしまいます。だからこそ今必要なのは、「こうすべきだ、これが正しい」と正しい道を示すことだと思うのです。これは道徳的なことで、ある意味"尻が青い"と言われるようなことだと思いますが、私は、正しいことを言い続けることをやめることはできないと思っています。すばらしい教育を受けた自分には「正しいことを言い続ける義務」があることを信じて正しいことをし続けています。自分はビジネスの世界で宣教師みたいに企業から石を投げられても、それにめげずに、なんとしても正しいことをやっていきたいと思っているんですよ。
僕の場合には、「これが正しい」と断定するのは、それは非常に難しく怖い立場にあります。僕が「これが正しい!」と言ってしまったら、それは占い師ではなくて本当の宣教師になり、絶対的に服従者が増えてしまう職業で、教祖様になってしまうのです。齋藤さんは企業のトップを相手に戦われているのだと思いますが、僕にはさまよういろんな羊をできるだけ良い方向にもって行くのです。齋藤さんはリーダーの羊相手で、僕の相手は弱い羊だったり、路頭に迷う羊なのです。その人たちに対してこうだ!といってお金儲けをすることも出来るのですが、それはカルト宗教で、それで儲かっても仕方がないのです。
渡辺
鏡くんのこういう所は凄いと思うのです。宣教師になって、拝まれたり慕われてお金が自然に入ってきてしまう状況が、ほぼ出来るなら踏みとどまるのは難しいかもしれません。「それで儲かっても仕方ない」と言う知性を機能させるところに同級生として勝手に敬意と親愛を抱いてしまうのです。
結局、人からお金を取るとか、単に儲けたい、成功したい、といって自分のイメージ以上にジャンプしようとする人がたくさんいますが、それにのっていこうとすると大体の人が失敗しています。自分のセルフジャッジ以外のところで判断しようとすると失敗することが多く、結局自分のイメージの中で判断していくことが大事だと思っています。
渡辺
鏡くんのすごいところは、好きだと実感できる感覚を偽らず、切り開きながら生きてるところです。正直、「占い?女子供が楽しむものでしょ?」という感覚が大多数の世の中、鏡くんが受け入れられて初めて市民権を得た部分はあるかと思います。評価されたものに対して評価することは易しいけれど、認知されていない分野を仕事にするのは言えない苦労ばかりかと思います。もっと凄いのは、それでも20年前と変わらず、柔らかで人に対する優しさを保っているところ…。メディアに出る鏡さんを見て、すごいと思われる方は沢山いらっしゃるでしょうけれど、実際はその何十倍もの隠れた氷山の部分こそ彼自身かと思います。
それがあってこそ今の自分があるのだと思っています。NFLアメリカに挑戦する堀さんは、世界に挑戦している。たまたま僕の挑戦が占いで、ニッチな世界だっただけなのでしょうね。

プロフィール

鏡 リュウジ(かがみりゅうじ)
占星術研究家・翻訳家。 国際基督教大学卒業、同大学院修士課程修了(比較文化)。 雑誌、テレビ、ラジオなど幅広いメディアで活躍、 とくに占星術、占いにたいしての心理学的アプローチを 日本に紹介、幅広い層から圧倒的な支持を受け、 従来の『占い』のイメージを一新する。 英国占星術協会、英国職業占星術協会会員。 日本トランスパーソナル学会理事。 平安女学院大学客員教授。 1968年3月2日生まれ。