インタビュー内容

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第9回 2007年5月18日
ソニーコンピュータサイエンス研究所取締役副所長 北野宏明

北野宏明
プロフィール
国際基督教大学教養学部理学科卒(物理学専攻)、京都大学博士(工学)。 現在ソニーコンピュータサイエンス研究所取締役副所長。 特定非営利活動法人システムバイオロジー研究機構代表。 カーネギーメロン大学留学中、世界初の同時通訳可能の音声翻訳システムを開発。1993年には国際人工知能会議よりThe Computers and Thought Awardを日本人として初受賞。
齋藤
今日はありがとうございます。 北野さんはいろんな分野で活躍されている。今日は「なんでそんなふうになれたのか?」を教えて頂き、その「何故/どのように」を通して、「若い人が迷ったときにこうしたらいいんだ、とか、こう考えたらいいんだ。」とその気づきにつながればと思っています。今日はどうぞよろしくお願いします。
渡辺
私は私で勝手な理由で、このインタビュー企画を斎藤さんに立ち上げていただいたのです。学閥とは無縁のICUですけれど、素晴らしい先輩方にお目にかかる度に同窓と知らないことをもったいなく思っていました。束縛しない、先輩風も吹かさない、でも何かの時は逸らさずに応えて下さる。母校への想いは言葉にしなくても抱いておられて。そんな先輩方がいらして、それぞれの分野で活き活きと躍動していらっしゃることが卒業生や在校生や、これからICU生になる方の励みになれば、と願っています。
物理か文化人類学を勉強したいと思っていた。 サイクリングしていて、公園だと思って、行き着いたのがICUだったんです。
齋藤
以前にICUで学生向けの講演をされたときの講演録を読むと、北野さんはエンジニアでありロボットの専門家だし、生物にも興味があり癌の研究をされたり、建築にも詳しかったりする。昔、なんかダヴィンチとか言う多才な人がいたな?とその人を思い出させるぐらい色々な分野に精通しているのでビックリしたんです。北野さんご自身では、自分は何をやっている人だと思っているんですか?
北野
いわゆる「分野」とか言うのは、所詮は人為的な区切りなので、気にしないでいろいろやってます。大体こういう感じで仕事をしていると、「いい加減」とか、「怪しいやつ」だと思われることが多いんですよね(笑)。最近は、システム生物学の研究に集中していますが、ロボットは話としてわかりやすいし、メディアも目にみえるものだから絵にしやすいということで、取材は今でも多いんです。でもこの4?5年はロボットの研究といいますと、ロボカップの活動くらいです。今は生物学の研究が100%です。
齋藤
それは意外なんですけど、おもしろいですね〜。なぜ生物学なのでしょう?
北野
以前に人工知能の研究をやっていました。 知能は生命の1つの機能で進化の副産物でしょう。だから、生命がわからないと知能がわからないと思って、期間を決めて(当時は5年と決めてたんですけど・・・)生物を勉強しようと思ったのがきっかけです。でも実際やってみるとすごく面白いし、やることがたくさんあって、今も戻らず生物の研究をやっています。
渡辺
ICUでは何を専攻していらしたのですか?
北野
ICUでは、物理でした。元々エレクトロニクスが好きで、実は中学・高校のときにオーディオに熱中していて、アンプやスピーカなどいろいろ作っていたんです。でも、大学ではもっと本質的なことを勉強したいと思って、物理学を考えたんですよ。それと、中学高校で、日本社会の単一的な価値観に疑問を抱いていたので、文化人類学にも興味があった。それで、ICU理系で受け、もしICUが駄目だったら、南山大学の文化人類学を受けようと思っていました。
齋藤
それはすごくユニークな志望校ですね・・・。
北野
実はそもそもは、アメリカのプリンストン大学、カリフォルニア工科大学(CALTECH)などに行きたかったんです。でも、奨学金が外国人の学部学生には出ないとかいうことがわかって、国内で、どこか面白い大学はないかと考えていました。川越の実家から、ある日サイクリングで横浜まで行ったら、その途中でICUに行き着いたんです。始めは、「いい公園だな〜」と思っていたら、「う?公園なのに学生がいるぞ・・・!」と思ってよく中を歩いていくと、大学だとわかってびっくりました。
渡辺
ICUを知っていらしたわけじゃなくて、行き着いた先がICUだったのですね?
北野
で、その後、調べたらICUという大学で、少人数制、リベラルアーツ、インターナショナルということで、「ここ、いいかもしれない!」と思ったんですよ。
渡辺
社会人類学と物理を選ばれたのは、どうしてですか?
北野
日本社会の価値観に対して疑問を持ち、エドワード・ホールなどの古典的著作から、中根千枝さんや中津遼子さんなどの著書をずっと読んでいて、文化人類学を勉強したいと思っていたんです。中学高校と早稲田実業で、親も早稲田出身だったので、早稲田至上主義というか、それに象徴されるような単一的な価値観が周囲にあって、それに疑問を持って、文化的・社会的不適応のことを調べていたんです。あとは、やっぱりこの宇宙の基本的原理に興味があって物理でした。「どっちがいいかな〜」と思って、まぁ結局は両方やらないといけないので、ここで、どちらかに決める必要はないと思っていましたが。それで、普通の大学は合わないと思っていて、ICU、もしくは普通じゃなさそうな南山大学を考えたんです。南山は、キャンパスも行ったこと無いので実際はどうだったのか、わからないですけど。。。
僕の人生において、“僕にとってそれが「合う/合わない」”が大事なんですよ。
渡辺
そこまで進んだ独自の勉強をしていらした北野さんにとってICUの勉強は物足りなくなかったですか・・・?
北野
物足りないと感じたことはありませんでした。だって、必要ならば、自分で他に聞きに行けばいいと思っていたし、期待もしていなかった。でも、ICUはすごく好きだったなぁ。ICUの「何でもあり」なところが居心地が良かった。例えば、「みんながこうしているから、こうしなくてはいけない」といって、価値観を押し付けられることがまったくない。僕の人生において、“僕にとってそれが「合う/合わない」”が大事で、中学・高校のときのように価値観を押し付けられるのはあまり好きではないんです。
渡辺
確かに、いろんな価値観がある中で「これがいいんじゃない?」と、アドバイスされるのは嬉しいですけれど、「正しいと言われていること」を疑いなく押し付けられるのは厄介ですよね。
齋藤
先ほど「物理でも文化人類学でもかまわない、面白いことがあれば別の大学で聴講したらいい。」とおっしゃっていたのですが、当時、そういう考えをもっていた人が少なかったのではないでしょうか? 逆に言うとなんでそういう考えを持つようになったのですか? 僕の師匠に大前研一さんがいるんですけど、北野さんの話を聞いているとすごく共通点がある。2人とも理系だし、2人とも卒業後一度は日本企業で働いている、大前さんは左手と右手を同時に操れるし、北野さんもディベートで相手の言っていることを右手で書いて左手で反論を書けるなど、人より卓越したところを持っているんですってね。
北野
なんででしょうね、昔からそんな考えだったように思います。 大前研一さんの本はよく読みましたね。彼の言葉で好きなのは「やりたいことはすべてやれ」ですかね。僕はすごく彼の生き方に共感できるな〜。
とにかく興味が多すぎて、何になろうか困った。 でも、「何でも好きなことやる」という風に腹をくくったら、随分楽になった。
渡辺
何がしたいのかわからないという風潮も増す中で、北野さんは対照的な選択をなさっていらしたんですね。
北野
幼稚園の時には天文学者になりたかったんです。その頃、何故だかよくわからないけれど、天文学の全天恒星図とか専門書を読んでいるのが非常に楽しかった。 小さい頃は絵やバイオリンも習ったりしていた。バイオリンは才能があると言われていたけど、音楽一家でもなかったし、中学受験もあって続かなかったですね。実は、今もバイオリンやアルトサックスは持っているんですよ。ICUの時代は2ヶ月だけMMSにいました。でも、飲み会も多いし、練習も大変だし、大して才能もないから辞めたんですよ。
齋藤
MMSと言えば、この間インタビューした奈良橋陽子さんもMMS出身ですよね。
北野
あ〜ゴダイゴね。実は、MMSにいた時代にコンサートをやっていたら(僕はその頃、ただ観てたんですけど)、ゴダイゴがコンサートののっとりをしたんですよ。その音を聞いて僕は到底敵わないと思ったことを覚えています。次の日には音楽は自分の道じゃないと思ってMMSを辞めました(笑)。それで、ディベート一本にしました。
齋藤
素朴な疑問なんですけど、そんなに多才なのはなんで? これってどうやってそれを磨いたのかを分解すると、他の人もできるかもしれないと思うんですけど、これは何なんでしょうね?
北野
そうですね、興味がたくさんあることは確かです。才能はたくさんないけど。
渡辺
そして、ものすごくフレッシュな興味をたくさんもっていらっしゃいますよね。
北野
小さい頃ある時、興味がたくさんありすぎて、「どうしよう・・・」、と思っていました。それで、当時竹村健一という評論家が流行っていたこともあり、「そうか、いろいろ知っているとそれ自体で何とかなるのか!」と気づきましたね。評論家になろうとは思わなかったけど、無理して興味を狭める必要はないなとは思いました。
渡辺
それで、いろんなものを解体したり、組み立てたりなさったんですか?
北野
僕は解体には興味がないんですよ。とにかく、秋葉原でいろんなものを買ってきて、組み立てていました。小学校3年生で部品を組み合わせて電卓を作ったんですよ。でもこれがまた悲劇的で、誰にも理解されなかった・・・。小学校3年の理科の先生では、到底電卓の意味を理解してくれなかったし、入出力を二進法で作ったから、数字で表示されるわけではないので、余計に駄目で誰にも理解されなかったんです。
渡辺
小学校で電卓・・・ですか!?小学校3年生でどうして電卓を作ろうと思われたんですか?
北野
掛け算のテストで、僕はいつも紙に計算を書くのは嫌だから暗算でやっていたんです。でも、やっぱり暗算だとたまに間違えているときがあって、先生がたまたま「代わりに計算をやってくれるものがあればいいね。」と言ったことから閃いたんです。小学生向けの電子頭脳の本があって、そこから色々考えて夏休みの間に作りあげました。二進法で4桁の足し算くらいしかできませんでしたが、誰にも理解されなかったな。今考えると、それが回路図なしで自分で作り上げた初めてのものだから、僕の原点的なものがあるんです。
齋藤
マニュアルはなくって、自分で考えたんですよね!それはすごい!
渡辺
当時の北野少年の頭の中には、「こうこうこういうものを集めたら、こうなる」という青写真があって、それを形作ってみた感じでしょうか?
北野
そうですね、頭の中で考えて電卓はできたんです。・・・でも最近は、あんまりできないけどね(笑)。
渡辺
小学校3年生のときに電卓を作って、そのあとはどんなものを作られました?学校の成績も、すごかったのでしょうね…。
北野
中学・高校時代はまさに赤点。ひどいもんだった。学校の勉強に興味はなかったんです。それよりも、アンプやスピーカを作っているほうが楽しかった。授業中に設計図作って、帰りに秋葉原寄って部品を買って夜な夜なオーディオを作っていました。学校では設計図を書くか、仮眠をとってましたね。あるとき国語の授業の俳句で、“徹夜して 作ったアンプに 電源いれて 音がでないで ため息ついた”というのを作るくらい(笑)。
渡辺
音楽も、そんなにお好きだったんですね?
北野
そうですね、音楽も好きですし、オーディオの面白さは、テクノロジーを使ってアートにいたるところでしょうね。いかにその音質を高めるかを目指して熱中していました。
渡辺
北野さんは、興味と集中力がものすごくクリア。だから、大学だけではなく、興味を一番活かせる環境と手段を選んでいらしたように思えます。
北野
ある意味では興味がないことには、まったく興味を示さない、すごい狭い人間だった。 今はアートや文学にも興味がある、そのきっかけは、シカゴの美術館(Chicago Art Institute)で印象派の絵をみたからで、アメリカに行く前はほんとうに狭い人間でした。
齋藤
大学を出てからは、しばらくNECでしたよね。何故NECに入社しようと思われたんでしょうか?
北野
理論物理専攻で大学院にいってしまうとそのあと入れる会社が限られてしまうと思って、新卒後に会社勤めをしたんです。NECにしたのは、NECが非互換機のコンピュータを作っていて、IBMのコピーではなかったから。正直言って、他人のコピーを商売にする会社には、勤めたいとは思わなかったので、コンピュータ関連ではIBMとNECしか考えなかったですね。会社勤めしたのはいいのですが、僕は入社後すぐに向いていないと思いました。だって、入社式では、髪が黒くて紺のスーツという型枠にまさに皆がはまっていた。そのとき、直感的に、ここは長くない、ここではすごせないと思いました。海外に行っている時期も含めると結局9年間NECに在籍しました。 今思い返せば、あのころの経験も今の僕に役立っている。人生何が役に立つか分からないですね。
お金は道具にしかすぎない、お金を目的にすると決して成功しない。
齋藤
北野さんは客観的にみると、すご〜く成功された。そういう風になるためにはどうしたらいいのか、ということを考えた時に心が感じるままに色々動くのがすごく大事ということがわかった。それでは、他にどういうことが大事かというと何になるのでしょうか?
北野
世の中のためになることで、自分の好きなことをやることが大事。何らかの世の中に対する大義がないと結局できないんです。 あと、お金儲けは駄目、お金儲けだけが目的になると大義ではなくなってしまう。お金は結果としてついてくるもので、それを目的にはしてはいけない。
齋藤
そうなんです、それはまさに企業も同じ。多くの愚かな企業は売上を上げようと思ってしまう。でもそれを目的にしても結果はついてこない。だから僕は、顧客を大切にしろ、顧客を喜ばすことを考えろと、伝えているんです。
北野
ただし、お金が要らないわけではない。最近はお金があると僕がやりたいことができる、と思うようになりました。それで人類とか地球環境のために何かができるんです。僕がやろうと思っている人類にとって大事なことには、結局道具としてのお金が必要であることも事実ですね。
研究は予想外から新たな発明が生まれるんです。
北野
研究は予想外のものがでたときに面白いことが発見される。予想外があってそれでデータをみて、考えもつかないことを思いつく。間違ったときに見逃さないことが大事で、そこに新たな発見があるんですよ。
渡辺
キューリー夫人のラジウム発見ですね。
北野
サイエンスにおいて人間のイマジネーションは高が知れている、だから想定外が大事。
齋藤
結局やってみることが大事、駄目だと思っていたことから、最後の土壇場の閃きで、新しい発見につながるということですね。
北野
そうなんです。もちろん実験をやるときには、かなり時間かけて仮説を作って、想定できる問題点はしっかりとつぶしておく。できるだけうまくやるために、やるだけのことをやるんです。それでも、最後に駄目だと思うけどやってみよう、というのが大事。実際僕の研究所では、細心の準備をした後で「だめもとで、やってごらん」、ということで研究者にやらせています。予想通りに結果が出れば、それはそれでいいのだけど、予想外の展開になったときが面白い。そこには、サプライズがあるかもしれませんからね。Natureの編集長などは、顔を合わせると”What’s surprise in your lab.?”と聞いてきます。
日本から人材が流出しているのは確かですね・・・
渡辺
北野さんは、ご自身の興味に忠実にソフトとしての研究に打ち込まれながら、ハード面でも人社会のしくみ、大きく言えば資本主義の中での人の動きも観察して来られていて…そんな北野さんの目に今の日本はどう映りますか?
北野
ポテンシャルはあるかもしれないが、この先は分からないですね。日本は好きだし、安全だしいい国だと思う。でも、このまま進んでしまうと、マージナルな国になってしまうのではないだろうか。 シンガポール、インド、UAEなどのライジングパワーの国と比較しても、事実上、日本は鎖国状況。政治もそうだが、産業分野も問題があるセクターが多い、また、メディアのクオリティが低いようにも思いますね。
渡辺
はい…。鎖国感は感じます。全業種、結局、未だに護送船団方式かと。人材流出も起こってるんですよね…四文字熟語で目にしても実感として感じにくいですけれど、環境問題で言うところの”茹で蛙の論理”というか。少しずつあったかくなっているのに危機感なく浮かんでいるうち、気づいたら茹だってしまってる。実際、今回ICUの先輩方をインタビューして、いかに日本から優秀な人が流出しているかに気づかされました。
北野
そうですね、日本はいろいろな意味でコンペティティブではなくなってしまっていて、これは非常に深刻だと思います。優秀な人材が、静かに流出しているし、富裕層では、日本では子供の教育ができないといって海外で子育てをしている人が増えている。
クリスチャニティは日本では根付かない、インターナショナルはもはや当たり前なのだから、ICUはリベラルアーツを伸ばすべき。
齋藤
そうですね、まさにそのとおり。今や、ICUもコンペティティブでなくなってしまっているように私は思います。
北野
ICUはもっと的を絞って、例えば80年代にもっと人工知能などの研究を行っていたら、研究成果を出せていたはず。チャンスはあったと僕は思います。 でも、今ICUみたいな大学や学部が他にもできてしまった、むかしは、海外に行くことが魅力だったが、今はInternationalも普通で魅力ではなくなってしまっている。だからICUのアイデンティティをもっと考えなくてはならない。ICUのCコードは、キリスト教徒が人口の3%以下という国では、無理があります。これは、即時に撤廃すべき。優秀なファカルティーの採用に障害になっています。それと世界平和に貢献する方向の議論もあるようですが、それなら、パレスチナ、アラブ、イスラエルなどの学生がICUという空間の中で生活を共にする発想があってもよい。でも、Cコードで可能なのか?より踏み込んで考えると、一神教の一派を標榜する大学が貢献できるのか?もはや、Christianityで縛る必要はないし、Internationalも当り前で意味がない、だからこそ、リベラルアーツを伸ばす必要があると思いますよ。
渡辺
こういう形で警鐘を鳴らして下さる先輩がはじめてで有難いです。
齋藤
まさにそのとおり。ICUの魅力を高めることが重要で、そのためには大学はもちろん自分たちの提供価値を高める必要があります。そして、実は同窓生も活躍してその活動を世の中にならしめることによって新たな能力のある高校生を大学に呼んだり、何をしたらいいかわからない同窓生が目的をもって世の中で活躍するためのきっかけになってもらいたいと僕は思ってるんです。
僕は、これから何かをやり遂げる必要があると痛感しています。
北野
DAYの賞を頂いたときも、「『これから頑張る』、ということで賞を頂きます。」とコメントさせて頂きました。それは、自分はまだ、なにか成し遂げたとは思っていないので、これから何かをやり遂げる必要があると感じているからです。学問領域として、システムバイオロジーを中心に展開して、その応用としてがんの治療方法を研究していこうとはしているものの、まだまだ実際に人の命が救えるというところまではいっていません。
齋藤
でも北野さんのやられている、世の中に刺激を与えているというのは大きな意味があると僕は思います。
北野
でも、やっぱり僕は満足いける成果を達成していない。
齋藤
賞も色々もらっていらっしゃる。それは評価に値する活動をされた結果だと思うのですか。
北野
賞を貰うことにもそういう意味でもまだ抵抗がありますね。 そうそう、仕事柄ノーベル賞受賞者の方とお会いする機会が多いのですが、やっぱりノーベル賞受賞者は違う。まず、「元気」、シドニー・ブレナー*は、皆がノーベル賞を受けていると思ったら、実はまだ受けていなかった人物で、2002年に慌てて授賞された。ノーベル賞は、死んでしまったら授与できない。本来授与すべき人に授与していないのは、賞の意義に関わる大問題になってしまうから、関係者は大慌てだったらしいですよ(笑)。彼はシンガポールに住んでいて、UKにオフィス、サンディエゴに研究所があって、いつも世界中ぐるぐる回っている。今80歳になっても各拠点を月2回くらい回っているらしいです。
齋藤
えぇ・・・。80歳!それはすごい!それにしても、北野さんも40数歳にみえないですね、お若いというか、エネルギーに溢れていますよね。
渡辺
良いオイルでエンジンが回り続けると、もっとよくなるといいますよね。僭越ながら北野さんはとても声が良くていらして、しかもエネルギーが半端じゃないですよね。お目にかかれて光栄でした。
北野
そうですか、それは嬉しい(照)。ありがとうございます。
*シドニー・ブレナー (Sydney Brenner, 1927年1月13日 )イギリス人の生物学者

プロフィール

北野 宏明(きたのひろあき)
国際基督教大学教養学部理学科卒(物理学専攻)、京都大学博士(工学)。 現在ソニーコンピュータサイエンス研究所取締役副所長。 特定非営利活動法人システムバイオロジー研究機構代表。 カーネギーメロン大学留学中、世界初の同時通訳可能の音声翻訳システムを開発。1993年には国際人工知能会議よりThe Computers and Thought Awardを日本人として初受賞。 同年、ソニーコンピュータサイエンス研究所に入社しAIBOの開発に携わるとともに、システムバイオロジーを提唱し、生命の基本原理を研究すると共に、その癌治療などへの応用を追求する。2002年より同研究所の取締役副所長を務める。ロボカップの発起人の1人としても知られる。研究テーマはシステムバイオロジー等。また、1998〜2003年 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ERATO 北野共生システムプロジェクトの総括責任者、2003〜2008年 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 SORST 北野共生システムプロジェクトの総括責任者 La Biennale di Venezia 2001, Museum of Modern Art (MoMA) NYなどInvitedArtistPrix Ars Electronica 受賞(2000年)。