INTERVIEWS

第73回 森本あんり

神学者・牧師

プロフィール

森本あんり(もりもと・あんり)
1956年神奈川県生まれ。都立小石川高等学校を経て、国際基督教大学(人文科学科)、東京神学大学大学院、プリンストン神学大学院修了(Ph.D.組織神学)。人文科学デパートメント教授(哲学宗教学)。2012-2020年学務副学長。
アメリカは面白くて。牧師が政治家のように語る、そして政治家が牧師のように語るんです。
渡辺
今日はICUのアラムナイラウンジでのインタビュー、森本あんり先生をお迎えしました。よろしくお願いいたします。
齋藤
このご時世ですから、検温はしましたけれど、念のためしっかりと距離をあけましょう。
森本
そうですね。よろしくお願いします。
齋藤
ひょっとしたら、「今を輝く」のインタビューをアラムナイラウンジでやるのは、初めてかもしれないね。
渡辺
初めてです。ゆったりしていて、いいですよね。あぁ、やっぱりICUは最高だなぁと。
齋藤
彼女(渡辺さん)からね、次回は森本先生の話をぜひ!と言われたんですよ。えっ、どこで繋がってるの?とびっくりしたんですけども。
渡辺
繋がってないんです。私が一方的に森本先生のご著書のファンというだけで。
森本
えぇ?読んでいただいてたのですか?
渡辺
はい、もちろんです。
森本
それはそれは、凄いことですねこれは。ありがとうございます。
齋藤
渡辺さんは勉強家なんですよ。
渡辺
いえ、実は夫が無類の本好きなので、そこから溢れてくるのを私が拾い読みしているだけなんです。森本先生の「反知性主義」も「不寛容論」も夫の本棚で見つけて、「これは読んだ方がいい。ものすごく面白いよ」とめずらしく推薦するので読んだら、確かにスルスルと惹き込まれまして。以来、夫婦そろってファンなんです。


最近著『不寛容論』(新潮選書)

森本
それは嬉しいなあ。ありがとうございます。
齋藤
森本先生は牧師さんであり神学者さんですよね。おそらく一般の読者さんからしたら、そういう人が政治に触れて論じるのはなぜか?ときっと考えると思うんです。世の中の牧師さんで、あまりそういうことに触れる方はいなかったのではないかと思うのですが、どういう経緯でアメリカの政治の話に触れるようになったのですか。
森本
すごいズバリと聞きますね、いつもこんな風に進むんですか?
齋藤
いえいえ、まあさわりの部分だけで。
森本
さわりの部分でグサっと(笑)。
アメリカは面白くて。牧師が政治家のように語る、そして政治家が牧師のように語るんです。政治家は「癒し」とか「和解」とか、宗教的な表現を使って人々の心を集めようとするので、いかにも牧師みたいな喋り方になるんです。オバマさんの演説なんて、ほとんど説教です。アメリカは、政治と宗教とが全部同じなんです。伝え方から、目的から、道具立てからみんな同じ。牧師は牧師で、個人の魂の救いの話もしますが、もっとアクティブに社会正義を取り上げます。コミュニティの問題を解決するために新しい学校を作るとか、人種間の統合をどうしようとか。
齋藤
先生はプリンストン神学大学を出られていますけれど、これは別にプリンストンカラーというわけではないのですか。
森本
違いますね。アメリカはどこでもそうです。僕は元々アメリカの17-18世紀の神学をやりたいと思っていたんです。そこで完結していたら、現代のアメリカの政治なんてあんまり関係ないですよね。でも、今日(※)もバイデン大統領は聖書に手を置いて宣誓するでしょう。あれをみると、政教分離というけれど、実際は非常に宗教的なのです。
※インタビューは2021年1月20日バイデン大統領就任式の日に行われました。
別にキリスト教大学だから入ったなんて思っていませんでした。
齋藤
先生は、神奈川県生まれですよね。それで都立の高校に行かれて、そこからICUに来られたわけですよね。そのあとに神学の道へ。いつも渡辺さんが質問することなのですが、なぜICUに来たのでしょうか?渡辺さん、すんませんね。今日は久しぶりのICUに来たせいか、テンションが高くなってしまって。
渡辺
いえいえ、まったく(笑)。テンション高い時の齋藤さんのインタビュー、大好きです。
森本
話せば長くなるのですが、これは同窓会のインタビューですから、お話ししますね。僕は高校では成績はよかったのですが、日本の大学というシステムにすごい嫌悪感を抱いていたんです。なので、大学なんて行くつもりなかったんですよ。もちろん受験勉強なんかしていませんでした。それで見かねた担任の先生が、「おいあんり、お前みたいなひねくれ者にぴったりの大学があるぞ」と。何ですかそれ?と言ったら、何でもその大学はね、受験勉強いらないんだっていうんですよ。お前が今、物を考えて本を読んで面白いと思うのをそのままやればいいんだと。それならじゃあ受けてやってもいいぞ、みたいな(笑)。きっと、それで受からなかったらどこも行かなかったと思います。そんな経緯でICUに来ました。だから別にキリスト教大学だから入ったなんて思っていませんでした。
渡辺
キリスト教との関わりは。。。
森本
実は、高校の時に、教会にいったことがあるんです。でもそれはキリスト教に興味があったからではなく、なんて馬鹿な連中がいるんだろうって思って(笑)。今時、水の上を歩いたとか、死人が復活したとか、海が分かれたとか、この科学の時代に何を言ってるんだと。どんな人が集まってんだろうと見に行ってました(笑)。だからICUがキリスト教大学だなんて気が付きもしなかったです。
僕は、あそこに寝ていたのはもしかしたら自分かもしれないと思うんです。
渡辺
神奈川県のどちらのご出身ですか?
森本
川崎です。母が亡くなって、東京に移りました。
渡辺
お母さまが…。ご兄弟はいらっしゃるのですか。
森本
いえ。父親が再婚して、僕も名前が変わって、暗い人生が始まったわけです。
渡辺
厳しいお父様だったのでしょうか?
森本
というより、祖父母を含めたその家全体かな。父は売れない画家で、会社勤めをしていました。いい思い出はあんまりないですね。皆さんどう思われるかわからないですけど、東京にはホームレスの人たちがいますよね。僕は、あそこに寝ていたのはもしかしたら自分かもしれないと思うんです。とにかく、すさんだ高校生活でした。だから僕のことを知っている人に高校の同窓会とかで会うと、何でお前そんな人生歩んでるの?ってびっくりされますね。
ICUに入ったのは、本当に良かったと思います。あのとき入っていなかったら、本当に今の僕はいませんでしたから。
渡辺
ICUという選択肢は、結果としてそれほどの岐路だったのですね。
森本
そう思います。生きてなかったと思いますね。
渡辺
生きていない…というのは、差支えなければ、どんな状況で…?
森本
多分、のたれ死んでいたと思います。高校の時の同級生に訊いたら、きっとみんなそう言うと思います。

死人が蘇るなんてぜんぜん普通。だってこの僕が、洗礼を受けてクリスチャンになったんですから。
齋藤
神学校に行くという選択肢は、大学何年生ぐらいの時に出てきたのですか。
森本
ICUに受かったのを機に、人生をクリーン・スタートしたかったんです。それで2年の時に大学教会で洗礼を受けました。本当によかった。洗礼を受けると「救われる」って言うでしょう。僕は本当に救われたんです、死んでいたかもしれないぐらいだったので。
齋藤
洗礼を受けようと思ったのは、なぜですか?
森本
えー、そこまで言わせるんですか。ガールフレンドです(笑)。付き合い出したんですが、デートするとなったら、その子は日曜に教会に行くと言うわけです。しょうがない、といって教会に行っているうちに、勢いで(笑)。
齋藤
そりゃあ勢いですよね。ひょっとすると、教会学校の先生をしたりしていたとか。
森本
はい。当時、学生が教会学校の先生をするのは珍しいことではなくて、僕もやっていました。まだ洗礼も受けていないのに、クリスチャンの子供たちにイエス様の話をするんです。齋藤さんもやってたでしょう?
齋藤
教会学校の先生って、日曜日の礼拝の前の朝ですよね。しんどいわけですよ。そういうことをやろうという、動機はどこから出てくるのですか。
森本
やっぱり、面白かったからでしょうね。色んな人たちと出会って。今でも付き合いがあるのは、当時の教会の繋がりが多いです。信仰ってね、きっかけはみんなこの世的なことが多いんです。「一人でひたすら聖書を読んでクリスチャンになった」なんて人は多くない。パウロも「信仰は聞くことによる」って書いていますが、それはね、「聞く」というのは人を介してでないとできないからなんです。
渡辺
高校生のときは、水が割れるわけなんてないでしょ、と思いながら通われたわけですよね?教えそのものより、大学生の時に教会の方々と触れ合った影響の方が大きかったのでしょうか?
森本
そうですね、教会って、変な奴もいっぱいいるんですが、やっぱり出会いですよ。ブルンナー先生はご存知ですか?スイスのチューリッヒ大学をやめて、ICUに教えにきていた神学者の。
齋藤
おられましたね。
森本
ブルンナー先生の『出会いとしての真理』という本を訳したのですが、やっぱり人間って、出会いで変わるんですよ。出会いというのは、自分で作れないんです。
齋藤
ええこといいますね(笑)。確かにそうですね。
森本
出会いは、向こうからやって来るんです。向こうから来て出会って、そこに新しい真理が開かれていく、という感じ。出会いの真理というのはそういうことかなと。普通、真理というものは、もっと普遍的なものなんですよね。1+1=2というのは、どこの国に行っても真理です。だけどブルンナー先生は、「聖書の真理はそうじゃない」というのです。出会いなんだと。神が人になってあなたに出会う、というのが聖書のメッセージだというんです。ブルンナー先生の胸像がチャペルに置いてあります。でもこれは、今思い返してみるとそういう風に解釈できる、ということで、その時はそんな高尚な話じゃなかったんですけど。
渡辺
高校の時はキリスト教の教えに対して、やや斜めに見ていらしたけれど、大学に入って、出会いがあって、その教え自体にも違和感はなくなっていったのですね?
森本
僕はその頃、哲学の専攻だったのですが、あまりそのことについて疑問は持ちませんでした。僕の論理としてはね、こんな僕が教会にきて洗礼を受けて、人生変わるんだったら、天地がひっくり返るなんて簡単だろう、と思いました。死人が蘇るなんてぜんぜん普通。だってこの僕が、クリスチャンになったんですから、そんなこと不思議だなんて思わないよ、という感じ(笑)。
齋藤
うわっ。それはすごい!
みんな宗教とか信仰とか、昼飯にカレーを食うかうどんを食うかみたいなノリで話すんです。
渡辺
なるほど。哲学を専攻なさったのは、どうしてですか?
森本
一番難しくて、一番やりがいがあると思いました。昔から色々ひねこびたガキだったから、考えるのがやっぱり好きだったんですよ。
渡辺
それは持って生まれたものかもしれないですけれど、環境の影響もあったのでしょうか?正直、考えなくてもなんとなく進んでいってしまうところがありますから、日常って。でも考えることがそこまで習慣になっておられるのは、やはりお生まれと環境からなのかな?と。
森本
うーん、そんなことを聞かれてもわからないですけどね(笑)。まあでも、ほんとに良い先生や友達に出会ったと思います。みんな宗教とか信仰とか、当たり前に考えていて、昼飯にカレーを食うかうどんを食うかみたいなノリで話すんです。ICUは、そういうのを恥ずかしがらないじゃないですか。それは環境としてよかったなと思います。僕の人生に3つ良いことが起きました。ICUに入ったこと、洗礼を受けたこと、今の妻と出会ったこと。これはもういつも「神さまありがとう」って感謝するばかりです。
齋藤
日本の神学校を出てから、アメリカの神学校に行くという道を選んだのはなぜですか?
森本
3年の終わりに就職オリエンテーションがあって、エントリーシートがどうたらとか、色々説明されている時に考えたんです。僕はこれから自分の人生、どっかの会社に就職して、トヨタの社員ですとか、ソニーの社員ですとか言って人生を過ごすのかなあと。それが想像できなかったんです。それで、自分の人生を何に使ったら一番良いんだろうと考えました。そこで死ぬ時に「ああやっぱり意味がある人生だった」と思い返せる仕事にしたいと思いました。そうなると、幼くて浅はかなので、っていうか洗礼を受けたばかりで入れ込むたちなので、やっぱり神さまに仕える仕事かな、と考えて、神学校にいきました。お隣の東京神学大学です。それで牧師になって、四国の松山の教会に赴任して、そこでほんとによく育ててもらいました。そこからプリンストンに行きました。
齋藤
プリンストンにいかれたのは、どういうきっかけだったのですか。そう簡単には行けませんからね。お金もいりますし。
森本
今から考えるとほんとに不思議なのですが、全然心配してなかった。その時、もう結婚して子供二人いるのにですよ(笑)。入学できるかどうかも、お金のことも心配していなかったです。
齋藤
プリンストンにアプライして、プリンストンが奨学金をくれて。
森本
そう。学費から生活費から全部。住まいも用意してくれて。旅費はフルブライト奨学金が出してくれました。
齋藤
やっぱり優秀やったんやろうね。
森本
そんなことないですけどね。でも、若い時って「根拠なき自信」みたいなのがあるじゃないですか。何の実績もないのにね。ほんと不思議です。今から振り返って言えば、「神の導き」だったと言えるけれど、それは後知恵です。よく学生から、「先生はなんでプリンストンに行こうと思ったんですか」と聞かれます。そうしたら「いちばん良いところに行きたかったし、自分が勉強するにふさわしいところだと思ったからアプライしたんだよ。」と答えています。他のところにはアプライしなかったしね。ICUの時と同じで。
勉強した今になって気がついたけれど、ボーイスカウトって宗教活動なんです。
齋藤
勉強や仕事以外の、ご自分のプライベートの時間はどういう過ごし方をされていたのですか?人に語りかけるということは、森本さん自身に魅力がないと中々できないと思うねん。とすると、自分の魅力づくりをいろんなことの積み重ねで、やってきたのではないかと思うんですよ。キリスト教とは全く関係のない世界に触れることによって、その人の広がりと深みを増していくようなことがあるんではないかなと思うんやけれど、どういう生き方をされていたんでしょうかね。
森本
うーん、これといって思いつかないけれど、少年時代はボーイスカウトをずっとやっていましたね。ボーイスカウトって、正義心を育てられて、キャンプもできる、料理もできる、火もおこせる。生きてゆくためのベーシックスキルがつきますよね。それは毎週面白かったな。ちっちゃい頃は「デンマザー」っていうすてきな大人のお姉さんたちもいたし。
齋藤
それ、いい話や。僕もボーイスカウトやってましたよ。
森本
いつぐらいまでやっていました?
齋藤
僕は大学生のときまでやっていましたよ。
森本
僕は中学卒業までやってて、大学の時も少しお手伝いしました。ICU教会にある三鷹第3団。勉強した今になって気がついたけれど、ボーイスカウトって宗教活動なんです。今は少し違いますが、歴史的には、宗教団体がホストしないとボーイスカウトは作れなかったんです。だから、お寺さんとか、神社とか教会とか、そういうのが母体なんですよ。
渡辺
知りませんでした、そうなのですね。
齋藤
でも、やっぱり参加する人が減ってきているよね。子どもはみんな、ゲームばっかりするじゃないですか。もっと自然に触れた方がいいと思うんやけどね。
神さまありがとうじゃないけれど、うちのカミさんありがとうしか言えないですよね(笑)。
渡辺
プリンストンにいらして、今現在の森本先生の業績を存じ上げているわたしたちからすると、すーっと歩んでいらっしゃるように見えるのですが、そもそも先生がまだ23歳のときに結婚なさってるわけですよね?これは勇気がいりませんでしたか?
森本
本当ですよ。僕もですが、向こうはもっと勇気がいったと思います(笑)。卒業してすぐ神学校にいったんですよ。神学校1年目ですよ。持ち金ゼロ。これから学費もかかる。将来も牧師で貧乏暮らし。誰がこんなのと結婚します?普通しないですよね(笑)。
渡辺
奥様はそのとき、先に卒業してICUで働いていらしたのですよね?
森本
はい。今思えば、よく受けてもらえたなあと思いますよ。神さまありがとうじゃないけれど、うちのカミさんありがとうしか言えないですよね(笑)。
渡辺
23で結婚したのは何故だったのでしょう?元々、卒業したら結婚しようと考えていらしたのですか。
森本
まあとにかく一緒にいたかったからです。結婚ってね、若気の至りか、壮年の諦めか、どっちかしかないんです(笑)。
教会の説教でみんながいちばんよく聞いてくれるのは、自分がいかにバカだったかとか失敗したかっていう話なんですよ。
渡辺
プリンストンはどんなところでしたか?
森本
とっても良かったです。
渡辺
どんな生活を送っていらしたのでしょう?
森本
学生時代は貧乏だし勉強ばっかりだったのであまり知りませんでしたが、その後10年くらいして教えるために行ったときは、おいしいレストランがいっぱいあって、こんな街だったのか、と再発見しました。お金があると良い生活できるんだなと思いました(笑)。
渡辺
相当ハードに勉強なさったのでしょうね。
森本
本当に大変でしたね。
渡辺
ICUも結構留年が多いと言いますけど、アメリカ、特にIVYリーグではもっと多いと聞きますし。
森本
日本の大学って、今改革を迫られているところですが、基本的にドクターのクラスがないんですよ。でもアメリカはドクターだけの授業があるんです。それが週に2つか3つあって、本当に大変でした。ようやく資格試験に受かって論文を書き始めたのですが、半分くらい書いて持っていったら、これはだめだと全否定されました。初めからやり直せと言われて、本当につらかったです。あれは一番辛い時期だったかな。今は自分も言う側なのでわかるけど、あれは多分わざと厳しく言ったのだろうと思います。きれいさっぱり諦めて新しくやり直せ、という意味です。
渡辺
全否定…ですか。
森本
そうですね。果たして博士号もらえるんだろうかと、不安になりました。結局、再スタートしたのが幸いして、よい評価をもらい、英語の出版までできました。でも、ちょっと待ってくださいね。こういうインタビューって、この人どんなにすごいのか、という話をしても、読む方は面白くないと思いますよ。
渡辺
いやいや、森本先生はすごい!とちゃんと知って受ける授業は生徒たちにとっても意味があると思うので、ありのままのすごさを話してくださって大歓迎です。
森本
あのね、教会の説教でみんながいちばんよく聞いてくれるのは、自分がいかにバカだったかとか失敗したかっていう話なんですよ。
齋藤
それはその通りですね。失敗の話ほど受けるものはないですよ。
森本
成功の話しても、響かないんです。
齋藤
そうなんですよね。成功の話や良い話って、あんまし受けない。僕もコンサルティングをやったり、“問題解決力”(企業業績を高めるための方法)を人に教えているのですけど、これからは、ますます正しくものを考えられる人を作り上げるしかないと思うんですよね。今は正しく考えられる人が減ってきてしまっているんです。正しくってなんや、となるとおもうんですけど、色んな情報が出てくる中で、何が正しいのかを自分で判断することができる人なんでしょうね。今、企業の中で一生懸命会社を変えることに夢中になれる人を、僕は少しでも増やそうとしてるんです。ところが面白いのが、愚かな人間の声が大きいことです。正しい人間が正しいことを言ってもうけないから、賢い者は口を閉ざしてしまうんです。それで正しい声がどんどんすみへ追いやられてしまうのですよ。
渡辺
そうですね…マスコミ、つまりマスの(大きな、大勢との)コミュニケーション(伝達・通信)では正確を期すのが大前提のはずですが、それだとすぐに「わかった!」とか「コイツが悪い!」とスッキリできるような結論につながらない場合がほとんどです。ここまではわかっていると堅実に放送することは、見ていただく側にも歯がゆさとか我慢を伴う作業になるわけで。だから現状としてテレビ局などマスコミはミッション以前に、会社としての営利活動からすると、極端な意見、大きな声量の方が単純に見てもらえるし、うけるので、収支決算や目先の利益追求のためには受けのよい手法を選ぶ傾向は否めないかと。そのせいだけではないけれど、すぐに「わかる!」という方を選びがちな世の中になっている気はします。そもそも「わかる」なんて、自分のことですらほとんどないのですけれど。そういう意味で、齋藤さんのおっしゃる大きな声、一色になりがちという面は確かに感じます。
齋藤
正しいことを広めるには、トップが「それは正しいことだから、やろう」と言わないといけないんです。僕のクライアントのある会社では、営業を集めて「これから営業活動するけれども、物を売りにいくのをやめて、お客さんにお困りのことがあるなら聞かせてくださいと言って、それを解決するもの作りますと伝えなさい」とトップが伝えて実行しました。その会社はずっとここ8年くらい増収増益です。実際にお客さんが喜びはじめて、それが利益になってきたんです。でもはじめはすぐに利益につながりにくいので、それでも正しいことを目指して頑張る根性が必要なんですよ。

やっぱり、学生が一生懸命考えている顔を見るといちばん嬉しいですね(笑)。
渡辺
森本先生は、もともと文章がお得意というか、お好きでしたか?神学書・哲学書は難解なものが多い中で、先生のご著書はくだけているわけではないのに、言い回しや例え、文章の切り替えなど、飽きさせない語り口が絶妙なので。
森本
それは嬉しいですね。書く力を養うのにプラスになったかなと思うのは、教会の説教です。話し言葉でしょう。それで、伝わるようにしないといけないので、なるべく一つ一つの文章を短くして、例を入れて面白くするように、と気をつけていました。
渡辺
なるほど。アナウンス研修でも、「けれども」という接続詞を使うと日本語は永遠に文章(会話)を続けてしまうことができるから注意しなさい、と教わります。短い文章にするのは勇気がいりますが、簡潔さは大事ですよね。
森本
わかりやすすぎてしまうのも危険ですけれどね。1年生が多い授業って、「要するに先生こういう解釈で合ってますか?」と確認したがる学生が多いんです。1年生は受験生の延長なので、白黒どちらなのかを求めてしまうようです。でも、学年が上がってくると減ってきます。曖昧さに耐える力(ネガティブ・ケイパビリティ)が付いてくるのでしょうね。
渡辺
よいお話ですね。ICUのような環境の中で教鞭をとられるということは、なんて素晴らしい生活なのだろうと想像するのですが、いかがでしょう?もちろん、学生たちを相手に山ほどご苦労もなさっていると思うのですが。
森本
やっぱり、学生が一生懸命考えている顔を見るといちばん嬉しいですね(笑)。ゴロチで夜7時くらいになるとみんなヘトヘトで、「今日は頭使ったなあ」という顔をして帰るのですが、そういう時本当に報われる感じがしますね。大体僕の授業は、常識にチャレンジするものが多いんです。自分がそれまで思っているのと反対の考え方が現れると、困るわけですよね。でも、頭の中でそのせめぎあいが起きている時間こそ、勉強だと思います。
渡辺
自分の価値観と思っていたものが、ぐらつく時ですよね。既成概念とも自覚していなかったような自分の中の死角が。
森本
そういう自分の価値観や前提理解に揺らぎを体験させるのが、大学のつとめだと思いますね。デカルトの「コギト」(われ思う) って、「一緒に揺らす」っていう意味なんです。学生がわたしの挑戦をしっかりと受け止めて心の中で揺らしているのがわかると、自分の苦労に意味があり、やりがいがあると感じられます。
渡辺
先生の授業は、聴講できるのですか?もし聴けるのなら、授業を聴いてみたいです。
森本
それは、きっと目立ってしまいますね(笑)。
渡辺
いやいや、地味だしまったく目立たないです(笑)。

あなたは、徹底的なマイノリティです。でもそのマイノリティが、やがて日本と世界を変えていくんです。
渡辺
他にも大学の選択肢はいろいろあったと思うのですが、先生がICUで教え続けている理由は何でしょうか?
森本
僕だけじゃなくて、ICUの先生たちはみんなICUで教えたいと思っていますよ。非常勤の先生でも、ICUで授業をするときは凄く準備してきます。生意気な学生が沢山いるから(笑)。非常勤なんて、普通はやりたくないのに、外の先生もICUで口があったらぜひやらせてくれって頼まれることが多いです。
渡辺
それは、とても嬉しいことですね。先生の授業を受けている学生たちは毎回、先生の思いを受け取っていると思いますが、最後に在校生やこれからICUを受ける若い方たちにメッセージをお願いいたします。
森本
ICUっていうのは、日本の大学システム全体に対する挑戦なんです。創立の時から。これからもそういう大学であり続けてほしいと思います。学生のみなさんは、入学時はあまりわからないと思いますが、卒業したらわかります。あなたは、日本社会では徹底的なマイノリティです。でもそのマイノリティが、やがて日本と世界を変えていくんです。
大学って、知識を増やすとか人格を育てるとか、色々目的があるでしょう。でも、ICUがいちばんやりたいことは、さっき「まだまだ青い」なんて話が出ましたけれど、一人一人の心に理想の種を植え付けることなんです。卒業してすぐ、新入社員のときは、馬鹿にされて相手にもされないでしょう。現実に幻滅もするでしょう。てもね、しばらくはじっと我慢の子でいてください。やがて偉くなって、力を奮えるようになったら、その時こそあなたがICUで教わったその理想を実現してください。だからイエスは、「狼の群れに羊を送り込むようなものだ」と言われたのです。狼の中であっても負けてはいけない。理想を捨てて自分が狼になってもいけない。「鳩のように素直に、蛇のように賢く」、そして30年後の世界を変えてください。


プロフィール

森本あんり(もりもと・あんり)
1956年神奈川県生まれ。都立小石川高等学校を経て、国際基督教大学(人文科学科)、東京神学大学大学院を修了。1982 - 86年日本基督教団松山城東教会牧師。1991年プリンストン神学大学院修了(Ph.D.組織神学)。1991年国際基督教大学牧師、97年同準教授、2001年教授、2012-2020年学務副学長。プリンストン神学大学院、バークレー連合神学大学院で客員教授を務める。
著書に『ジョナサン・エドワーズ研究』『アジア神学講義』『アメリカ的理念の身体』(創文社)、Jonathan Edwards and the Catholic Vision of Salvation (Penn State University Press) 、 『反知性主義』(新潮選書)、『異端の時代』(岩波新書)、『宗教国家アメリカのふしぎな論理』(NHK出版)、『キリスト教でたどるアメリカ史』(角川ソフィア文庫)など。最近著『不寛容論』(新潮選書)は、新聞や雑誌によく取り上げられている。

個人ホームページ:https://subsites.icu.ac.jp/people/morimoto/